メメント

メメント
メメント

販売元:アミューズソフトエンタテインメント
発売日:2006/06/23

 先日、ケーブルテレビのチャンネルで「メメント」という映画を観た。ある日、自宅にいるときに何者かに襲われ、妻を殺されてしまう。自分も頭を殴られときのショックで「前方性健忘」になってしまう。「後方性健忘」は過去の記憶を忘れてしまう、つまり記憶障害や記憶喪失となるが、「前方性健忘」の場合は、短期記憶はできても、長期記憶が作られない、つまり、その時点からの記憶が喪失しちゃうのだ。

20060817  以前、養老孟司氏が案内役を務めたNHKスペシャルの「脳」という番組で、弁護士を目指している大学生が脳の中の「海馬」という部位に損傷を受けて「前方性健忘」になったドキュメンタリーを思い出した。弁護士を目指していたくらいだから、頭は良いのだが、記憶が作られないことで、さまざまな弊害が起きる。料理を作っていても途中で自分が何を作っているのか忘れてしまうのだ。もちろん、人間関係にだって影響が出る。前に話したことを忘れてしまうし(この程度ならアル中性健忘の私にはよくあること)、その人の顔や名前も忘れてしまう。「博士が愛した数式」という映画を私はまだ観ていないが、これも「前方性健忘」を扱った映画なのかな?

 で、弁護士を目指していた大学生の彼がどうしたかというと、録音機を持ち歩き、何でも、それに記録する。1日の終わりに、誰それと、こんな会話をしたと、日記のようなメモを取る。この何冊にもなったメモこそが彼の記憶のすべてなのだ。番組内で彼が記憶を失う前、「後方性健忘」ではないため、海馬が損傷する前の記憶は完全に残っている。しかし、彼の記憶に残っているのは、家族(母)との軋轢だった。その後の記憶がないため、その時点の記憶のまま、関係を修復することもできずにいる。

 映画「メメント」の主人公の最後の記憶は、妻が殺されるシーンと何者かの影だった。そこで、彼は妻の復習のため、犯人を捜す。といっても、朝、目覚めれば、自分がどこにいるのかの記憶もない。昨夜、誰と会って、何を話したかも忘れている(くどいようだけど、アル中性健忘の私も、酒を飲んで記憶が飛んでしまうことがある)。彼は、ポラロイドカメラを持ち歩き、写真を撮り、そこにメモを書き込む。メモだと紛失してしまう可能性があるので、重要なことは、自分の身体にイレズミを入れて残す。そうして妻を殺した犯人を追い続ける。

 映画「メメント」は、主人公の立場で、つまり、映画が始まった時点では、見ている我々も、何の情報(記憶)も持っていない。そこから、10分前の記憶をたどっていくという形をとる。つまり、記憶が消える10分ごとに時間軸が遡っていくのだ。酒を飲んだ翌日、自分が何をしゃべったのか、何をしたのかの記憶が飛んだとき、すごく不安で落ち込む私だが、それどころではないだろう。とにかく、映画を観ていても、通常の時間軸ではないので、その都度、頭の中に状況を構築し直していかなければならず、非常に疲れると同時に謎解きという点では、引き込まれ、楽しめる。これこそが、この映画の秀逸した演出であり、要なのだ。

 映画「メメント」のオチを書くわけにはいかないが、例の弁護士を目指していた大学生がどうなったかということは書いておこう。もちろん、弁護士の夢はあきらめざるを得ない。家族(母)との軋轢は、子供時代から、大学生になるまでの記憶は残っているわけで、実際に会って、思い出をつむいでいくうちに、氷解していく。そして、番組の終盤では、記憶というものの奥深い一面を見せてくれる。短期記憶にも、長期記憶にも属さない記憶がある。それは、繰り返し、繰り返し、自分の身体を使ってやっと習得できる記憶だ。たとえば、最初、自転車に乗れなかったのに、繰り返し、繰り返し練習することで、やがて乗れるようになる。そうして身体が覚えた記憶は、しばらくぶりに自転車に乗っても、すぐに蘇るというか、忘れることがない。海馬を損傷して未来への記憶をなくした大学生は、家具職人として、未来を生きていく道を選ぶ。まずは、母が使っていた椅子を修理するところから……。

《忘れてしまわないための、酔っ払いのメモ》

・「てんかん」のロボトミー手術
・シリコンチップが記憶を作る「人工海馬」の研究
・ペンローズ「皇帝の新しい心」量子脳理論