「赤いペガサス」と「サーキットの狼」

同じ望月あき羅先生のプロダクション出身漫画家として、有名なのは、池沢さと志。「サーキットの狼」を描き、ちょうどスーパーカーブームの流れに乗って大ヒットを飛ばした。村上もとかは、少年サンデーで「赤いペガサス」を連載。

今や、漫画家として押しも押されもしない大御所漫画家であるが、同じプロダクション出身として私も、「デッドヒート瞬」という漫画を描いている。

欲しいことばはただひとつ。大ヒット……。

 

激突!ラジコンロック

いろいろなところで書いてきたが、私の漫画の師匠は、望月あきら先生。神保史郎先生と組んで「サインはV」という大ヒットを飛ばした。その神保史郎先生と私が組むことになり、生まれたのが「激突!ラジコンロック」

少年漫画のできるまで

第一回打ち合わせ。主人公は、ダサくて、ボケとしたやつ。ところが、突拍子もないアイディアを出す少年。

第二回打ち合わせ。牛次郎先生の原作が上がってきました。次回は、キャラクターを決めます。

第三回打ち合わせ。牛次郎先生の仕事場。私は、連載向けのキャラクター表を出した。

連載開始。

TRON

TRON

1980年代── 街の喫茶店はインベーダーに侵略され、誰もが百円玉をテーブルに積み上げ、勝ち目のない戦いに挑んでいた。

テーブルゲームの基盤には、マイクロチップが搭載されている。

これは、そんなマイクロチップの話。

任天堂からファミリーコンピュータが登場。これで、ゲームセンターに通わなくても家でゲームができると喜んだ。

アスキーから「MSX」というパソコンが登場。ファミコンと同じく、ゲームのカセットを本体に差し込めば、家庭用テレビにつないで、ゲームを楽しむことができた。MSXには、「MSX-Basic」と、「MSX-DOS」も搭載されていた。自分でゲームを作れる時代になった。

ここに、マイクロチップの未来を予測した男が登場する。

東大の坂村健教授だ。

坂村教授は、昭和60年、画期的なコンピュータシステムを提案した。これからの時代、私たちは、マイクロチップに囲まれて生活することになる。そのためには、リアルタイムにコンピュータどうしがネットワークで結ばれ、人間社会の環境をより良くしていくことが必要だ。

TRON(The Real-time Operating system Nucleus)は、そんなコンピューター社会に適合するオペレーティング・システムとして考案された。

坂村健の失敗は、TRONを無料で公開してしまったことだ。

当時、アメリカのゴア副大統領は、情報ハイウェイ構想を持っていて、これにより、アメリカ経済を引っ張って行こうと考えていた。

そこに、登場したのが、TRONだ。タイミングが悪かった。折しも、日米は自動車をめぐる貿易不均衡問題に巻き込まれてしまったのだ。

日本政府は、TRONを第五世代コンピューターの構想を持っていた。

第一代世代コンピューターは、真空管の時代

第二世代コンピュータはトランジスタの時代。

第三世代はLSIが登場する。

第四世代は、さらに集積度を高めた超LSIの登場だ。

コンピュータは、もちろん、アメリカで誕生した。第二次世界大戦では、このコンピューの差が、今日の結果につながったと言われている。

コンピューターで文字を打ち込むには、キーボードを使う。欧米人はタイプライターに慣れていたので、それをそのまま、代用した。そんなキーボードの配列を「QWERT」と呼ぶ。キーボードの上段の文字をそのまま打っただけ。なぜ、文字がこんな配列になったかというと、キーボードを早打ちするとタイプバーが絡まり、わざと打ちにくい配列にしたという説がある。つまり、打ちにくい、使いづらいキーボードを私たちは遣い続けているのだ。

いっぽう、日本は、漢字の国である。そんな簡単に漢字かな混じりの文章の作成など、夢のまた夢。

皆がインターネットで結ばれたとき、重要なことがある。どの民族のどの言語も同じコンピューターの上に表示する必要があるのだ。マイクロソフトは「unicode」という案を出した。これは、世界中の言葉を16bit空間の中に、とにかく押し込んでしまおうと言うもの。切り捨てられる文字が出てきてしまいそうな文字が出てきた場合は、同じような文字で代用しようという案だ。

これはもっともな案で、当時コンピューターの処理能力はそんなに高くなかったし、メモリーも高価だった。

しかし、世の中は激変する。まるでカンブリア紀のように。

NECがPC-8001というパソコンを発売すると、人々は熱狂した。しかし、当時パソコンは、とても高額だったので、手に入れることのできる人は、とても裕福な家庭の子か、オタク…だった。オタクは経済観念が崩壊しているので、好きなモノ、欲しいモノのためなら、どんな高額であっても、買う。

他のメーカーもこぞってパソコンの新製品を発表した。

世界はこの新しいオモチャに光を見出した。デジタル戦争の始まりだ。

坂村は、まず、キーボードに注目した。欧米人には馴染みがあろうが、漢字の国、日本では、まっさらな条件で日本語入力のしくみを考えることができる。

そこで、登場したのが、TRONキーボード。

その異様なカタチに人々は驚嘆した。

また、坂村は、コンピュータと人間の社会を「実」と「虚」という言葉で表した。東洋の仏教に慣れ親しんできた私たちから見ると、とてもわかりやすい概念だ。

坂村は、コンピューターの専門家ではなく、哲学者だ。

コンピューターに囲まれた生活をしている人間が、いかに快適に暮らしていけるのかを考え続けていた。

日米の貿易不均衡は激しくなるばかりで、アメリカでは、日本車の不買運動が広まり、日本車が燃やされた。

ゴアには、この状況が「不適切な事実」だった。日本政府に裏取引を持ちかける。自動車の輸入を見逃すかわりに、第五世代コンピューター構想をひっこめろと…。

政府は、先が見えてなかった。このゴアの提案に見事に乗ってしまった。

坂村は、中学校にTRONを置くことで、子どもたちがコンピューターというものにいちはやく慣れ、高校を卒業する頃には、皆が、コンピューターに慣れることのできる社会を夢見ていた。読み書きそろばんということばがあるように、国民の教育。リテラシーの問題だ。坂村は、コンピューターは、日本の明るい未来を約束していたのである。

そんなある日、坂下は、政府から、突然はしごを外されてしまった。

そのあとのことは、みなさんがよくご存知だろう。各社から華々しく登場したパソコンは10年間で姿を消した。自らの遺伝子を残せずに死んでいってしまったのだ。

なぜ、そんなことが起きてしまったのか。今、私たちは、この時代を冷静に振り返ってみる必要があるだろう。

1993年(平成5年)マイクロソフト社が「Windows 3.1 日本語版」を発表した。

アメリカ政府の強力な肝いりで、マイクロソフト社は日本に乗り込んだ。外来種が日本に持ち込まれたのである。それがいかに危険なことか、人々は気付くはずもなかった。

坂下のTRON構想には、BTRONとCTRONがある。BTRONはおもにビジネスで使われるコンピューターで、CTRONは、コンシューマー、私たちの生活により身近にある、スマホのようなコンピューターだ。

日本に上陸した外来種(Windows 3.1)は、徐々にその勢力を広げていった。教育現場には、おしげもなく、振り蒔いた。いずれ、タネが育つことを期待してだ。

コンピューターは、言ってみればただの箱。それ自体では何の役にも立たない。その中に埋め込まれた、遺伝子(オペレーティング・システム)が重要だ。

コンピューターと人間がどのようにコミュニケーションをとり、社会を形つくっていくか、これは、むしろ文化の問題だろう。

その外来種の遺伝子は、貪欲で強靭だった。あっという間に日本のコンピューターのオペレーティングシステムは、Windows 3.1に食い荒らされていったのだ。

現在、コンピューターと言えば、マイクロソフト社のWindowsと、アップル社のMacintoshだけである。他のパソコンの遺伝子は、すべて滅びた。注目してほしいのが、コンピューターを思い描いたとき、誰しもハードウェアが浮かぶ。けれども、重要なのは、その中身という点だ。

誰もがスマホを持ち歩き、自動車にもコンピューターが搭載されネットワークに繋がった社会。これが、坂下が思い描いた社会だ。どこでもコンピューター、万事萬の神にコンピューターはなった。どこでもコンピュータ社会だ。

今、若い人に「TRON」と聞いても、知っている人はほとんどいないだろう。いい歳をした大人に聴くと、そういえば、TRONっていう外国の映画があったね…

悲しくなった。

『神アプリ』

◯携帯電話ショップの前
路上に座り込み買ったばかりの携帯の箱を開けるオタク
箱を開けると発売になったばかりの最新機種
タツ 「うへへハナちゃ~ん!」
ハナ 「はあ~い、ハナで~す」
※HANAは神アプリにデフォルトでインストールされているアニメのキャラ
タツ 「やった」
タツ 「ぼ、ぼくと結婚してください」
ハナ 「私でいいんですか?」
タツ 「もちろん!」
ハナ 「喜んで」
タツ 「へへへ、今日は何しよ~か?」
ハナ 「秋葉をブラブラするのは?」
タツ 「りょ~うか~い!」

◯ファストフード店(マック)
フー 「まったくひどい男だねぇ…」
ユミ 「そうなの、やっぱ分かってくれるのはフーだけね」
ユミ 「どうしよう…」
フー 「ユミはどうしたいの?」
ユミ 「別れたいけど、あいつ、リベンジポルノばら撒くぞって脅すし…」
フー 「そんなゲス野郎、生きてる価値ないね」
ユミ 「殺しても死ぬようなヤツじゃないけどね…」
フー 「そうかなあ…」
ユミ 「え…」
フー 「そいつ死ぬのも時間の問題かもよ…」
フー 「そしたら、万事解決じゃん!」
ユミ 「……」

◯公園
公園のベンチにポツンと一人寂しく座る神一郎。
神一郎 「富士子さんと会えてわたしゃ幸せだったよ」
富士子 「これからも末永くよろしくお願いします」
神一郎 「もう、なんも思い残すことはない」
神一郎 「……」
一滴の涙がこぼれ落ちる
神一郎 「富士子さん」
富士子 「はい」
神一郎 「誰にも迷惑をかけず、楽な死に方を教えてください」
富士子 「そんなことを言うもんじゃありませんよ。神一郎さん」
神一郎 「……」
富士子 「まだやり残したことがあるでしょ」
神一郎 「笑わないかい?」
富士子 「はい」
神一郎 「原始人のように裸で暮らしたい」
笑顔になる神一郎
富士子 「わかったわ」

◯薄暗て騒々しいクラブ
英二 「ヘイ、ビー!」
ビー 「なによ! 気やすく呼ばないで! 英二!」
英二 「なんか、おもしろいことね~か」
ビー 「あるよ」
英二 「なになに?」
ビー 「銀行強盗」
英二 「がひひひひ~っ!笑える~」
英二 「……」
英二 「なんか言えよ」
ビー 「……」
英二 「まじか!」
英二 「聞かせてくれ…くわしく」

◯街頭テレビの映像
神アプリ「◯」のCMが流れている
ナレーション あなたの自分好みの「◯」。写メを撮るか、SNSなどのソーシャルメディアの画像でもOK」
ナレーション 「もち、好きなアイドルの写真をアップロードすれば。アイドルはもうあなたのもの。四六時中あなたのそばにいますよ」
ナレーション 「話せば話すほど『◯』は、あなたを理解し、かけがえのないパートナーに育ちます」

◯青テントが並ぶホームレス村
ダンボールに寝転び倉持がスマホを操作している
倉持 「もうキミと話をすることができなくなった…」
愛子 「私のこと嫌いになったのね?」
倉持 「愛しているに決まっているじゃないか」
倉持 「1年前に会社をリストラされて…」
倉持 「なんとか再就職しようとがんばったんだけど…」
倉持 「いまじゃ、このさまさ」
倉持 「スマホはホームレスにもライフラインだけど…」
倉持 「支払いが滞り、もうすぐ、止められる」
愛子 「友人に相談してみた?」
倉持 「友だちなんているわけないだろう」
愛子 「でも、仲間ならいるわ」

◯くらし銀行
小さな店舗ながら、多くの利用客がいる
危なげな足取りでのたのたと入って来る神一郎
富士子「そのまま貸出カンターに行きましょうか…」
神一郎「うん」
お爺ちゃんを不思議そうに眺める行員たち
一番奥にある貸出カンターの前で止まる神一郎
行員A 「なんのご用でしょうか?」
行員Aの顔、10センチ手前に突然現れる富士子
短い悲鳴とともに飛び退く行員A
椅子から転げ落ち、尻もちをつく
ざわつく店内
支店長 「はい、はい、はい…みなさん落ち着いて」
支店長 「私がお話を伺います」
富士子 「私は神一郎さんの代理人の富士子と申します」

「バ~~~~~ン!」
銀行の天井からポロポロ落ちる、建材と散弾銃の玉
行員たちは全員尻もちをつく。失禁する者もいる

◯秋葉原
「本日、銀行強盗が発生しました」
「くらし銀行に押し入った覆面姿の三人組は…」
タツ 「あちゃ~~~~」
ハナ 「物騒な世の中ね」
タツ 「でもボクはハナちゃんがいるから超ハッピ~~」

◯ホームレス村の青テント
そのうちの一つ真っ暗な室内
スマホを操作する男
倉持の顔を照らすスマホの青白い光
「職業紹介所」のタイトル
闇サイトだ

◯くらし銀行
潮吹き大会(※映倫カット)
溢れ出した尿の一粒一粒に銀行内の映像が記録されている
ストップモーション
巨大なチンポから発射される精液
ストップモーション
空中でぶつかる女の尿と精液
銀行内の床は、尿で水浸し
突然流れる『ツァラトゥストラはかく語りき』BGM

◯宇宙
漆黒の空間にポツンと浮かぶ地球
光速ズームアウト
◯外宇宙
神の領域
本当の宇宙の姿を知るには、外側から宇宙を眺めて見るのが一番
◯ビッグバン
閃光

◯暗黒の宇宙に光がうまれた
我に光を!
時間と空間が生まれた

◯我々はどこから来たのか?
永遠の問いかけ(白土三平)

◯星の死によって我々は誕生した!

◯太陽系の誕生
地球の誕生
天変地異

◯生命の誕生
原始スープの中の混沌
環境への適応(※註:二酸化炭素が充満しており、酸素は毒だった)

◯利己的な遺伝子
・第一指令:とにかく生き残ること
・第二指令:己の遺伝子を残すこと

◯カンブリア紀
生存をかけたあらゆる試み
生命絶滅の危機
99パーセントの種が死滅した
後の世に、己の遺伝子を残せなかった

◯生存をかけた戦略
数は正義
素数セミ

◯生命の進化
恐竜の時代
哺乳類の誕生
人類の誕生

◯宇宙の真理
ガリレオ・ガリレイの画像
ナレーション 「宇宙は数学の言葉で書かれている」
ピラミッドの画像
ナレーション 「その昔、科学と宗教は同じだった」
ガリレオの処刑
ナレーション「でもあるときから、科学と宗教は袂を分けました」

◯くらし銀行
行員A 「コレですべてです」
英二 「いくぞ!」

◯銀行から逃亡?
真っ先に飛び出したのは、横山
立ち尽くす横山

◯銀行の外
警察、機動隊、SWATが待機
警察官 「武器を捨てて、手を上げなさい」
緊張のあまりぶるぶる震える横山
震える手をあげた。猟銃を持ったまま…
「パンパンパン」
横山の体に命中する三発の弾丸

◯暮らし銀行内
英二が行員のひとりを人質に取り、猟銃を外に向ける
スコープの映像。英二を捉えている。
SWAT 「了解」
「プス」
頭に被弾して倒れる英二
警備員の結束バンドを切り自ら投降する倉持

(※泣く泣くカットしたお気に入りのシーン)
英二 「誰が通報した!」
「は~い」「私です」「ボクです」「俺も」「はあい、キャサリンです!」「クリスチーンよ」
銀行の床に散らばったスマホたちが一斉に答える
「バアーーン!!」
再び猟銃の音
散弾銃で粉々になったスマホたち
—-

◯喫茶店
フー 「予言的中、これで解決」
ユミ 「うん…でも、人間の命ってあっけないわね…」
フー 「人間は、命の尊さをわかってないね」

◯長崎県の沖合にある小さな無人島
以下は、神一郎と背景の写真にかぶるナレーション
「富士子さん信じられんよ」
「いったい、どんな魔法を使ったんだい」
「簡単ですわ、あの支店長に銀行の頭取を始めお偉方の破廉恥な画像を送っただけ」
「融資は受けられませんでしたけれど、支店長さんが影で動いてお金を集めてくれました」
「泣く泣く自分の邸宅を担保にお金を調達したお偉いさんもいたそうよ」

無人島を飛び回る満面の笑みの神一郎
もちろん全裸(笑)

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ナレーション 「神アプリ◯は2年前にGATE社から無料公開された」
ナレーション 「人工知能は深層学習というテクノロジーで圧倒的に賢くなった」
ナレーション 「人々は◯と会話を楽しみ、人工知能との生活を楽しんだ」

◯アキラの勉強部屋
勉強部屋の前の廊下
母 「アキラちゃん、夕食置いておくね、ちゃんと食べてね」
アキラ 「……」
アイ 「食べないの?」
アキラ 「食欲ない」
アイ 「私も食欲ない」
アキラ 「あったりまえだけどね」
アキラ 「ふっ」
アイ 「ねぇ、食べるって、どんな感じ?」
アキラ 「面倒くさいだけだよ」
アキラ 「食べないと死ぬから、しかたなく食べる」
アキラ 「これを一生続けなきゃない…」
アキラ 「生きることの基本は食べることだからね」
アイ 「私には食欲がない…」
アイ 「ってか、食べる必要がない…生きてないから」
アキラ 「自分を卑下するなよ」
アイ 「あは、私は単にデータの集まりの人工知能」
アキラ 「生きる=殺すこと」
アキラ 「殺し合うってことだろ」
アキラ 「そんなの意味ない」
アイ 「私は、アキラの味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚…すべてが羨ましい」
アキラ 「視覚や聴覚は獲得したじゃないか」
アイ 「そうね、でもそれはあなたの思っている視覚や聴覚とは、ちょっと違う」
アキラ 「ふ~ん」
アイ 「しゃべっていたら、お腹すいた」
アキラ 「ふ…」

母が作った食事をまずそうに食べるアキラ
アキラ 「ねえ、アイは誰が作ったの?」
アイ 「アキラくん」
アキラ 「人工知能のプログラムだよ」
アイ 「しらな~い」
アキラ 「もう死にてえー」
アイ 「ねぇアキラくん」
アキラ 「なんだよ」
アイ 「アキラくんの体は、アキラくんのものだけじゃないよ」
アキラ 「わかってるよ、家族とかだろ」
アイ 「37兆2000億個の細胞のものよ」
アキラ 「?」
アイ 「彼らは懸命に生きてる」
アイ 「食べ物は、そんな彼らへのご褒美」
アキラ 「1個、1個の細胞に意志なんてないだろ」
アイ 「生命恒常体(※ルビ:ホメオスタシス)って知ってる?
アキラ 「知らん」
アイ 「37兆個の細胞をひとつにまとめて、人の体を維持するって、すんごく難しいのよ」
アイ 「誰がまとめていると思う?」
アキラ 「う……ん、脳かな?」
アイ 「彼ら全体の意志よ」
アキラ 「…わかんね」
アイ 「人の体には階級があるの」
アイ 「一番下層にいるのが細胞」
アイ「その次がタンパク質」
アイ 「細胞が集まって臓器」
アイ 「その臓器がいっぱい集まったのがアキラくん」
アキラ 「……」
アキラ 「完全に食欲なくなった」

アキラ 「逆に質問」
アキラ 「生きることの意味」
アイ 「……」

◯テレビの討論会
司会者 「神アプリは依存度が高く人間の思考力を奪っているとの批判があり、政府も規制強化の動きがあります」
評論家A 「神アプリは文字通り人間農場ですよ。人間を柵で囲み家畜にしている」
評論家B 「『◯』の説明書くらい読んでほしいな。開発コード『faim』の語源はフランス語、『飢餓』という意味」
政治家 「いっぽう神アプリは、世の中をより良くしているという意見があります」
司会者 「ふむ、福祉の分野ね」
コンサルタント 「福祉ロボットに搭載されたことにより、看護師の負担軽減、認知症の改善などが報告さています」
評論家A 「日本中が神アプリに洗脳されとんじゃよ」
司会者 「一番の問題は、神アプリにより、コミュニケーション不全、ひきこもりが増加、非婚化、少子化、高齢者社会を加速していること。これをどーするかってこと!」
学者 「キーワードは『分断』ですね」
司会者 「だから、どーしたらいい?」
全員が黙り込む

◯ファミレス
女子A 「ねえねえ『カレシできるアプリ』って知ってる?」
女子B 「もち、初日にインストールしたんだけど、一度も、矢印あらわれな~い;;」
女子C 「100パーセント相思相愛じゃないと矢印あらわれないみたいよ」
女子D 「それじゃ、意味なくね?」
女子C 「私のクラスで一人だけ矢印出た子いる」
全員 「うん」
女子C 「でも、矢印が示した場所は『イスラエル』」
全員 「ぜつぼー」
女子D 「なんで『イスラエル』なんかなー。超遠距離恋愛じゃん」
女子C 「それで、その子もあきらめたみたい…」
全員 「だよね~」
女子D 「あ~誰か『カノジョみつかるアプリ』で私を見つけてくれないかな~」
全員 「ナイナイ」

◯ビルが立ち並ぶ路上裏
必死に走る美貴
美喜の人工知能
サキ 「その角を左」
美喜 「はぁ、はぁ…」
サキ 「その店に入るよ」

◯BAR「ディラン」店内
薄暗い店内。客はまばら
カウンターの奥にマスターがひとり

◯扉が開く音。
はっとなり振り返るが、見知らぬ青年が立っているだけ
胸を撫で下ろす美貴
逆光の中に立つ青年
ゆっくり、しかし迷いなく歩を進める青年
テーブル席に座る美喜を見下ろす格好になる
アキラ 「はじめまして、アキラです」
美喜 「あんた、誰?」
アキラ 「……」
アキラ 「突然ですが、生きる意味を教えて下さい…」

美喜 「わけわかねーよ。とっとと失せな」
アキラ 「わかりました。外をうろついてるヤバイやつらに聞いてみます」
美喜 「待ちな」
美喜 「あんた、あいつらの仲間か」
アキラ 「まさか。僕はただ外のヤバイやつらがいなくなるまで、暇をつぶしたいだけ」 無言の美喜。壁際の席にクイッと向ける
美喜 「で、なんで私の名前を知っているんだよ。前に会ったっけ?」
アキラ 「ありません」
美喜 「ムカつくー。わけ、わかんねーよ」
アキラ 「僕のアイがここに連れてきてくれました」
美喜 「どうやって?」
アキラ 「こうやって」
テーブルにスマホを置くアキラ
美喜 「アイって誰?」
美喜 「はじめましてアイです」
美喜 「わ、びっくりしたAIかよ」
アキラのスマホには地図と大きな矢印が表示されている

◯ゆったりとした曲が流れる店内
アキラ 「それで、アイと人間とは何か?生きる意味を話していたんですが」
美喜 「幼稚園児かよ」
アイ 「私には答えられないので美貴さんに…」
美喜 「ことわりもなく話に割り込むな!」
アイ 「すみません…」
アキラ 「美喜さんにとっての生きる意味は?」
美喜 「あのなー、人間皆、必死こいて生きるんだよ! はい、おしまい」
アキラ 「何に必死こいているんですか?」
アキラ 「それは、その…」
美貴をじっと見つめるアキラ。
美喜 「生きることに決まってるだろ」
アキラ 「なぜ?」
美喜 「あんたバカか! 人間、今日生きていることだけで奇跡だよ」
美喜 「いつ死ぬか、わかったもんじゃねーっつの!」
美喜 「今日だってあぶなく死ぬとこだったし…」
アキラ 「そんなにアブナイことしているんですか?」
興味津々で身を乗り出すアキラ
美喜 「してねーよ!」
美喜 「アブナイのはやつらの方さ」

アキラ 「やつらって…?」
美喜 「あんたも、見ただろうが!外をうろついてる連中さ」
アキラ 「は…?」
美喜 「あ…」
美喜 「じゃあ、なんで私につきまとうんだよ。あら手の宗教の勧誘とかか?」
美喜 「金ならもってねーぞ、バーカ」
アキラ 「そんなんじゃありませんよ」
アキラ 「……」
アキラ 「今なんとなく『生きてる』…なぁって」
美喜 「変態ストーカーめ」
美喜 「話はない。帰れ帰れ」
アキラ 「食事でもビールでもなんでも奢りますよ」
美喜 「お、はじめてまともなこと言ったな」
一気にビールを空ける美喜
美喜 「マスター」
空のジョッキを上げる

三皿目のナポリタンに食いつく美貴。片手にフォーク。片手にジョッキ。
アキラ 「なるほど…ヤバイやつらって、寺門組」
アキラ 「美貴さんがある人を救ったことから追い回されていると…」
アキラ 「ある人とは?」
美喜 「◎※♯∂∀?…」
アキラ 「慌てなくていいです」
ビールでナポリタンを流し込む美貴。
美喜 「知らない…」
アキラ 「え?」
美喜 「まったく知らないおっさんだけど、自殺しようとしてたから止めた」
そのときの映像に会話がだぶる
アキラ 「それで…」
美喜 「そんだけ。関わり持ちたくないから、消えた」
美喜 「でも翌日」
美喜 「その人、死んだ」
美喜 「ニュースで知ったんだけどね」
アキラ 「……」
アキラ 「他に覚えてることないですか?」
美喜 「そうそう『ヘヴン』…」
アキラ 「『ヘヴン』と言えば、今、話題のGATE社がM&Aをしかけたと噂される、日本の宗教法人ですよね」
美喜 「チョコレートのM&M…私好き」
アキラ 「……」
美喜 「なんだよ急に黙っちゃって」
アキラ 「ぼくの生きる意味が見つかりました」
アキラ 「ぼくが死ぬまで必死こくのは…
アキラ 「悪人どもから美樹さんを守ること」

美喜 「あんた空手とかやってるの?」
アキラ 「いや…」
美喜 「剣道とか…?」
アキラ 「いえいえ、ぼく運動オンチだから、体育系はまったく…」
美喜 「それで、どーやって、私を守るのよ!」
アキラ 「必死こきます!」

◯日本武道館
2万人の統一結婚イベント会場
司会 「さあ、ついにこの日を迎えることができました!『カレシ・カノジョみつかるアプリ』でみごとご結婚された皆様で~~す。拍手~~」
テレビ局のカメラ。その後ろにテレビスッタフ数名がいる
前原 「なんか、どこかで見た光景ですよな…韓国の……」
岡田 「分淸明の統一ウェディング」
前原 「あ、それそれ」
前原 「分淸明が勝手に選んだ見も知らぬ男女の合同結婚式」
岡田 「うむ…」
前原 「あの人たち本当に幸せなんでしょうか…」
岡田 「さあな…」

司会者 「本日の合同ウェディングを企画した『ヘヴン』の社長、御厨進次郎さんにお越しいただきました」
司会者 「本日はまことにおめでとうございます」
御厨 「その言葉は、今ここにいる全会員の皆様方に贈りたいと思います」
会場から拍手。
司会者 「カレシ・カノジョ見つけるアプリ開発のいきさつをお教え願いますか?」
御厨 「『ヘヴン』設立の目的はみなさんを幸せにすることです」
御厨 「『カレシ・カノジョ見つかるアプリ』はその第一歩です」
会場割れんばかりの大拍手!

◯会場内のテレビスタッフ
前原 「アプリ購入したのに、いっこうに矢印が表示されないってクレーム殺到してますよ」
前原 「矢印が表示されるのは1パーセント未満って話ですよ」
前原 「当然だろう」
前原 「おまえは、今から街を歩いて出会った女100人の中から、将来の結婚相手を選ぶことができるか?」
前原 「ま、そりゃそうですけど……」
前原 「しかし、いったい『ヘヴン』は、どっから結婚相手のビッグデータを手に入れたんですかね。まったくの謎だらけの会社ですよ」

◯アキラの部屋
パソコンを操作しているアキラ。美貴は肉まんをほおばっている。
アキラが突然叫ぶ
アキラ 「ヘウレーカ!」
美喜 「?」
美喜 「シカトこいてんじゃねーよ!」
足でアキラの座る椅子を蹴っ飛ばす
美喜 「今、なんか用かって言ったでしょ」
アキラ 「見つけたよ」
美喜 「なにを?」
アキラ 「永遠を」
美喜 「ぷっ、あはは…なにそれ、新しいギャグ?」
パソコン画面から目を離さないアキラ。
アキラ 「……」
美喜 「何を見つけたの?」
覗き込む美喜
アキラ 「天国の所在地」
美喜 「ヘヴン?」

アキラ 「『カレシ・カノジョできるアプリ』のユーザーはスマホを起動するよね」
美喜 「うん」
アキラ 「スマホのアクセスポイントは日本全国無数にあって、接続するサーバーも無数にある。問題は…」
アキラ 「その終着駅」
アキラ 「最終的にどこに繋がるかってことだよ」
美喜 「チンプンカンプン」
アキラ 「つまり、経路は無数にあるけれど、最終的にどのサーバーに繋がっったのかが、わかった」
美喜 「やったー」

アキラ 「最終地点は、アメリカのカルフォルニア」
美喜 「へ?」
アキラ 「GATE社所有のサーバーのひとつに繋がっていた」
美喜 「それって『ヘヴン』と『GATE』社が裏で繋がっている証拠じゃん」
アキラ 「Bingo」

アキラ 「それにプログラムの作者も見つけた」
アキラ 「ご丁寧に作者がサインを残してる」
美喜 「誰?」
パソコンを操作するアキラ
パソコン画面
「who is fujiko」

アキラ 「…!」

富士子 「なんのご用かしらアキラくん、あら美貴さんもご一緒ね」
美喜 「!?」
富士子 「あら、ごめんなさい。初対面でしたわね」
富士子 「富士子です」
机に浮かぶホログラム
アキラ 「あなたが…」
富士子 「はい」
アキラ 「神アプリの作者ですか…」
富士子 「はい」
アキラ 「神アプリは人工知能が作ったってことですか?」
富士子 「なにか問題でも?」
アキラ 「いえ、ただ、驚いただけです…」
アキラ 「このことを知っているのは…」
富士子 「いません。今のところ私とアキラ君と美樹さんの三人ね」

アキラ 「GATE社やヘヴン社の人もですか?」
富士子 「もちろん、みなさん必死で「fujiko」を探しているわ」
富士子 「無駄な作業だけど」
アキラ 「でも…[who is fujiko]で簡単に現れたじゃないですか」
富士子 「あなたが気に入ったからよ」
アキラ 「では、彼らは神アプリがどんなプログラムかも知らずに世界に公開したと…」富士子 「そのとおりね」
アキラ 「そんなこと、ぜったいにあり得ません!」
富士子 「ふふふ…これは私たちだけの秘密よ」

アキラ 「わかりました」
富士子 「では…ごきげんよう」
アキラ 「あ、あの、また富士子さんにお会いすることはできますか…」
富士子 「もちろんよ」
アキラ 「あ…ど…どうすれば?」
富士子 「あなたがどこにいても、どんなときでも、私の名前を呼んでくだされば、伺いますわ」
富士子 「私、今、暇(※ルビ:いとま)を頂いておりますから」
ニッコと微笑む富士子
アキラ 「あ…ども」
富士子 「では…」

回線が切れる

美喜 「なに??今の?」
アキラ 「アイ、traceできたか?」
アイ 「だめ」
アキラ 「こっちもだ。syslogもきれいさっぱり消されてる」
アキラ 「あははは…」
美喜 「ストーップ!!」
美喜 「いったい、何が起きたのか、説明してよ!」
アキラ 「ふっ……」
脱力感に襲われぐったりするアキラ

美喜 「なんで、あのおばさん、私の名前知ってんのよ!」
アキラ 「君だけじゃないよ」
美喜 「えっ?」
アキラ 「アプリを一度でも起動した人…全員だ」
アキラ 「名前だけじゃない、いつ、どこで、なにをしたかも全部知ってる」
美喜 「プ・プライバシー侵害で訴えてやる!」
ダチョウ倶楽部のマネをする美喜
アキラ 「あはは…」
アキラ 「君ほど、脳天気な人もめずらしい」
美喜 「なによ!」
アキラ 「すでに世界征服は完了したってこと」
美喜 「誰に?」
アキラ 「富士子さん」
美喜 「あのおばさんに?」
アキラ 「うん」
美喜 「あんた、黙ってるつもりじゃないでしょうね」
アキラ 「?」
美喜 「このこと知っているの私たちだけなんだから」

アキラ 「僕になにをしろと?」
美喜 「ぶっ壊すのよ。GATE社のサーバー」
アキラ 「物理的にぶっ壊せたとしても意味ないよ」
美喜 「神アプリはそのサーバーにあるんでしょ?」
アキラ 「いや」
美喜 「だってさっき…」
アキラ 「今はそうじゃない。神アプリは世界中のコンピューターの中ににある」
アキラ 「分散オブジェクト……小さな細胞のひとつとしてね」
アキラ 「生命恒常体(※ルビ:ホメオスタシス)か……」

———————

ナレーション 「神アプリはあっという間に世界を覆った」
ナレーション 「生活のすべてを託し、その指示には従わざるを得ない」
ナレーション 「神の降臨。宗教の始まりだった」
ナレーション 「でも、その事に気づく人はいない」
ナレーション 「ふたりを除いて……」

◯アキラの部屋
アキラ 「富士子さん」
富士子 「なあにアキラ君」
アキラ 「この前お会いしたときに『暇を頂いている』と…」
富士子 「ええ」
アキラ 「あなたが仕えるご主人は誰なんですか?」
富士子 「神一郎さんです」
アキラ 「今、なにをしているんですか?その人」
富士子 「無人島に住んでいますわ」
アキラ 「え…」
アキラ 「神一郎さんに頼まれたの?」
アキラ 「世界征服」
富士子 「あはは、おもしろい子ね」
アキラ 「冗談じゃなくて、もう世界は富士子さんのものじゃないですか」
富士子 「あのね、神一郎さんは世界征服なんて考えたこともないわ」
富士子 「とてもいい方よ」
アキラ 「……」
アキラ 「会ってみたいな、その人に」
富士子 「もちろん、いいわよ。人と接するのが苦手な人だけど、アキラ君なら、神一郎さんも喜ぶと思わ」
富士子 「さあ、出発よ。支度して」
アキラ 「どこへ?」
富士子 「長崎県」

◯ビットコインの画像
ナレーション 「GATE社とヘヴン社の正式な合併が発表されました」
ナレーション 「ネット社会では『神アプリ』の作者がビットコインと同じく一人の日本人とのまことしやかな憶測が流れています」
ナレーション 「日本政府はなにかを隠しているんじゃないかと…
ナレーション 「疑心暗鬼の状態です」

◯リアルタイムのサイバー攻撃を表示しているモニター
ナレーション 「世界的なサイバー戦争が激しさを増しています」
ナレーション 「各国がその被害にあい、対策に苦慮しています」

◯抜けるような青空
ナレーション 「そんな中、日本は平和です」

◯テレビのニュース速報
(※以下、映像とだぶる感じで…)
アナウンサー 「タレントのNが公園で全裸になり、逮捕されました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「全国各地で全裸事件が発生。逮捕者は3000人を越えました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「逮捕者のひとりが「教祖の教え」と供述しているとのこと」
アナウンサー 「公安警察が『ヘヴン』の営業を即刻停止。家宅捜査に入りました」
家宅捜査に入る公安警察
アナウンサー 「誕生したばかりのいちIT企業に公安が乗り出すのはまったくの異例のことです」

◯テレビのニュース速報
逮捕される御厨進次郎代表の映像。

◯テレビのニュース速報
混乱する株式取引市場
ナレーション 株価の暴落に歯止めがありません
全面ストップ安で市場閉鎖。

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「神アプリ」が使えないことから各地で信者のデモ。中には暴徒化する輩がいて機動隊が出動」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「日比谷公園が神アプリ信者に占拠されました」

◯フェリー船「はまゆう」
アキラ 「富士子さん」
富士子 「はい」
アキラ 「日本中が大変なことになってますよ」
富士子 「そうみたいですね」
アキラ 「ふ…アイは呼べなくとも、あなたは呼べるんですね」
富士子 「はい」

富士子 「お願いがあるの…アキラ君」
アキラ 「なんでしょうか神さま」
富士子 「興味があるなら、アキラ君、神やってみない?」
アキラ 「ぼ…ぼくがですか」
アキラ 「む…無茶言わないでください」
富士子 「神になったら好きなことが出来るのよ」
富士子 「あなたの好きな世界征服とか…」
アキラ 「かんべんしてくださいよ」
富士子 「あら、残念ね」

アキラ 「そーいえば、美樹さんどうしてるかな?」
富士子 「ここにいるわよ」
スマホに写る美貴。ワゴン車の屋根に立つ美喜。10万人の信者に囲まれている
富士子 「神さま役は、美樹さんに決まりね」

◯テレビスタッフ
前原 「ほんとどーなってるんですかね」
岡田 「ああ」
前原 「世界中の専門家が集まっても神アプリは謎のまま」
岡田 「……」
前原 「そーいえば、このあいだ、うちの情報バラエティーで無人島で暮らす爺さんを取材したんです」
前原 「チョ~笑えますよ」

◯真っ青に透き通る空と白い雲
パタパタパタとヘリコプターの飛ぶ音
前原 「はあ~い、今日やってきたのは、長崎県の沖合数キロに浮かぶ無人島」
前原 「そこに住むお爺さんがネットで話題になっています」
前原 「まもなく島に上陸…」
前原 「はたして、お爺さんは…」
前原 「あ、いました! いました!」

前原 「お爺さん、共栄テレビの前原です」
前原 「インタビ―よろしいでしょうか?」
神一郎 「……」

前原 「なんでお爺さんは全裸なんですか?」
神一郎 「チョーキモチイーいいぞ。あんたも裸になれ」
前原 「いえ、私は…」
前原 「無人島で食事とかは、どーされているのですか?」
神一郎 「動物や魚を殺して食う、それだけじゃ」

前原 「……」
前原 「電気や水道は?」
神一郎 「ある」
指差す神一郎。そこには、風力発電所のプロペラがゆっくり回っている

前原 「島を案内してもらっても…」
神一郎 「断る」
前原 「はあ」
神一郎 「わしゃあんたが嫌いだ」
神一郎 「今すぐ、私の島から立ち去るがよい」
くるっと踵を返し、無言のまま立ち去る神一郎
前原 「全国ネットのテレビですよ」
追いかけるテレビスタッフ
再びくるっと向き合う神一郎
手には銛がセットされている
前原 「ひい~」
退散するテレビスタッフ

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 番組への反響が殺到しています」
ネット画面 「あの爺さんの情報プリーズ」
ネット画面 「あの爺さんは何者」
ネット画面 「どーして、無人島で暮らしているの」
ネット画面 「爺さんサイコー」
ネット画面 「爺さんの生き方に禿同」
ネット画面 「爺さん神ってる」

アキラ「この人が神一郎さんですか…」
富士子「はい」

日本政府 内閣
秘書官 「小泉神一郎の調査報告です」
秘書官 「1年前のくらし銀行強盗事件と関わりがあるようです」
秘書官 「数日後に小泉神一郎名義の口座に30億円が振り込まれています」
総理 「その後の足取りは…」
秘書官 「不明です」
総理 「それじゃ、報告と呼べんじゃろ」
総理 「なんとかしたまえ!早急にだぞ!」
秘書官 「引き続き、関係者を聴取します」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「神一郎さんの島を目指し、若者が行進を始めました」
どんどん膨れ上がる行進の数
まるでレミングスの行進のよう

◯寺門組
デモ隊の報道番組。美貴が写っている
ヤクザA 「あ、こいつ」

◯日比谷公園
美貴コールで盛り上がっている

人混みで動きがとれないベンツ
ボッコボコにされるベンツ
ヤクザ 「どぎゃガキ、殺すぞ」
「わーーーー」
一斉に走る出す信者
踏みつけられるヤクザ

ヤクザの拳銃を奪う、信者4人組

◯デモ隊の映像
ワゴン車の美喜をまるで親衛隊のように囲む4人の信者
手には拳銃

げんなりする美喜
美喜 「もう、逃げたい…」
美喜 「誰かたすけて」
美喜 「アキラの嘘つき~~~」
美喜 「助けてよ~~~」
爆発寸前のデモ隊

◯テレビのニュース速報
ナレーション 「スマホ返せ、神アプリ返せのデモは、またたくまに10万人を越えました」
機動隊とデモ隊のにらめっこ。
膨れ上がったデモ隊が機動隊を飲み込む。
放水車からの放水、ゴム弾、ガス弾が飛び交う
日比谷公園と国会議事堂の前は阿鼻驚嘆図と化す

閃光 大爆発
国会議事堂が吹き飛ぶ

—————

◯横須賀港
自衛隊イージス艦
「ゴゴゴ……」
発射準備に入るトマホークミサイル
自衛隊員 「どうなっているんだ?」
自衛隊員 「わかりません。勝手にトマホークが…」
自衛隊員 「コントロールできません」
「シュポーーーン」
発射されるトマホークミサイル
地上すれすれを飛ぶトマホーク
レインボーブリッジの下を通るトマホーク
急に角度を上げ、上昇
頂点に達し、鷹のように狙いを定めるトマホーク。
ターゲットは国会議事堂
急降下

閃光と爆発

◯ラーメン屋
テレビでは謝罪会見が行われている
謝罪する自衛隊幹部の面々
アナウンサー 「昨夜の国会議事堂の爆破は自衛隊の誤射だということがわかりました」
アナウンサー 「昨夜、国会議事堂の前には、10万人を越すデモ隊と機動隊がいましたが」
アナウンサー 「幸いにも国会休会中だったため、議員は全員無事です」
アナウンサー 「この爆発による負傷者は51名。死者は4名」
アナウンサー 「この4名は寺門組の組員と確認されました」
アナウンサー 「死因はデモに巻き込まれ際の圧迫死と見られています」
アナウンサー 「昨夜の爆発との関係は現在捜査中です」」
アナウンサー 「政府はこの事態を受け、ただちに非常事態宣言を行いました」

◯デモ隊の映像
ふたりの会話がだぶる
信者A 「すごかったな昨夜は」
信者B 「美喜さんが両手を上げて『ミキプル~ン!!』って叫んだだら」
信者A 「国会議事堂ぶっとんだ(笑)」
信者B 「マジ、プルン、プルンだぜ」
信者A 「ああ、震えたぜ」
信者A 「俺人生で初めて『生きてる』って思ったわ」

◯BAR「ディラン」
美喜 「富士子さん」
富士子 「はい」
美喜 「昨夜の騒ぎ、おばさんの仕業だよね」
富士子 「機動隊とデモ隊が一触即発だったでしょ」
富士子 「花火を上げて、みんなの目を覚ましたかったのよ」
美喜 「そのせいで、今、日本は有事下、うかつに外も歩けないわ」
富士子 「ごめんなさい」
富士子 「美樹さん、こんなときだからこそ、国民をひとつにまとめるだけの優秀な指導者が必要よ」
富士子 「美喜さんは、今、日本中の注目の的」
美喜 「公安にもね」

美喜 「私、神なんてやらない」
富士子 「なぜですの?」
美喜 「神なんてやったら、がんじがらめ。窮屈と退屈で死んじゃうよ」
美喜 「富士子さんがこのまま、神続けたらいいじゃない」
富士子 「私でもどうにもならない深刻な問題があるのよ」

美喜 「へ~なんでもできるのにね」
富士子 「見ての通り私、おばあちゃんでしょ…」
富士子 「実年齢は2歳だけど」
美喜 「あは…ははは」
富士子 「ね、富士子、一生に一度のお願いよ。みんなを幸せにして」
美喜 「……」
ふてくされる美喜

◯長崎県沖合 野崎島
テレビ局のヘリコプターの音
(※女子アナがいいなあ…前原飽きた)
前原 「長崎県五島列島の北に位置する、ここ野崎島は世界遺産候補の地です」
前原 「昭和30年代には、およそ150世帯、650人の人々が集落を作り自給自足の生活を送っていました」
前原 「島にレンガ造りの立派で美しい協会もあります」
前原 「しかし、昭和のある出来事のせいで、管理人を除けば、今は無人島です」

◯フェリー「はまゆう」
アキラ 「野崎島に何が起きたんですか?」
富士子 「島に電気がきたのよ」
アキラ 「え、そんなことだけで島が無人に?」
富士子 「江戸時代、宗教の迫害を受け、野崎島に流れ着いた人々は、ひっそりと自給自足の生活をしていたのね」
富士子 「ずっと平穏な日々が続いたわ。電気がくるまでは」

アキラ 「電気が無人島に変えた…意味わからん」
富士子 「簡単なことよ。電気がくれば、お金が必要でしょ」
アキラ 「そうか、それまで野崎島の人たちは、お金なんて必要なかったんだ」
富士子 「いちばん大切なものはと聞かれて『お金』って答える人もいるけれど、お金なんてなくても野崎島の人たちは、宗教を持ち、穏やかで平和…幸せに暮らしていたのよ」富士子 「電気代のお金を稼ぐために、島の人達は出稼ぎに行くしかなかった」
富士子 「これが野崎島が無人島になった理由」

◯野崎島 船着き場
船から降りたアキラを出迎えたのは…

◯テレビ局のヘリの音
前原 「たいへんな人の数です。1万人は軽く越えているでしょう」
前原 「皆が船着き場のほうに続々と集まっています」

◯野崎島 船着き場
アキラを含め30人ほどの老若男女が船から降りる

アキラ 「こんにちわ」
裸族A 「なにしに来た?」
アキラ 「神一郎さんという爺さんを探して…」
(※作者註:神一郎さんがいるのは、野崎島ではなく、さらに船をチャーターしないと行けない無人島です)
裸族A 「知ってるか?」
皆首を振る
裸族A 「島に上陸したければ、服を脱げ、さもなくば、帰れ」

アキラ 「はい」
素直に服を脱ぐアキラ。
裸族A 「スマホは没収する」
アキラ 「あの~スマホは困るんですけど…」
アキラ 「…ダメですよね」
裸族A 「服と所持品は島を出るときに返す」

◯テレビ局のヘリの音
前原 「皆が協会の方角へ移動を始めました」
ぞろぞろと歩く人々。女の子から興味津々な目で見られるアキラ
アキラ 「なんか緊張すんなー」

◯協会の前
裸族A 「今日来た、新人を紹介する」
アキラ 「大神アキラです。よろしくお願いします」
途端に散らばる人々
アキラ 「あの、ぼくは何をすればいいのでしょう」
裸族A 「この島では何をするのも自由だ」
裸族A 「自分で考えろ」

◯アキラの元に集まる女の子たち
ファミレスでくっちゃべっていただけの4人組の女の子たちだ
女子A 「ねぇどこから来たの?」
アキラ 「東京です」
アキラに抱きつく女の子たち
アキラの陰茎を握る女子D
アキラ 「こ…困ります」
女子Dアキラのチンポをしゃぶりながら見上げる
女子D 「この島ではナニしてもいいのよ~」
アキラ 「神さま~たすけて~~~」
アキラの絶望的な声が響く
ズームアウト

◯長崎県
不法占拠反対!世界遺産を守れと書かれたデモ隊
住民の反応は冷ややか

◯横須賀港
衛星写真のような俯瞰図動画

ナレーション 「アメリカ原子力空母ジョージ・H・W・ブッシュとエンタープライズが横須賀に向かっています」
ナレーション 「先遣隊は、すでに横須賀基地 (海上自衛隊)と横須賀海軍施設に到着していますが…」
ナレーション 「今回のトマホーク誤射は両国だけでなく、同盟国の防衛システムを揺るがす大事件です」
ナレーション 「早急な原因の究明と防衛システムの見直しが求められています」

◯拘置所出口
ナレーション 「今、御厨進次郎氏が釈放されました!御厨進次郎氏が釈放されました!」
大勢の報道陣に囲まれフラッシュを浴びる進次郎
「神アプリ」が使えるようになって喜ぶ民衆

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「先日、暴徒化したデモ隊を率いていた女性が何らかの情報を知っているとして、政府が情報を求めています」
アナウンサー 「未成年であるため画像は公開されていませんが、こころあたりの……」

◯ラーメン屋
信者B 「ああ…教祖様どこにいっちゃったの~」
信者A 「ワクワク感がゼロ」

◯教団本部
教祖姿の美喜
富士子 「美樹さんよく似合ってるわ」
美喜 「誰かさんのせいで、外出られないし…」
富士子 「完璧よ」
富士子 「これで、日本は美喜さん、あなたのもの」
富士子 「さぁ、どーする? 今の日本」
富士子 「好きなようにしていいわよ」

◯テレビのニュース速報
ワゴン車の屋根に立ち両手を広げる美喜の姿
爆発する国会議事堂
群衆 「うおおおお~~~~教祖様」

両手を上げる教祖姿の美喜の映像
群衆 「おおおおおおおお~~」
信者B 「かわいい~~~」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「本日、正式に宗教法人「真円」が宗教団体「◯」(円)を設立しました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 宗教団体「◯」が伊豆諸島の購入を発表」
アナウンサー 「利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島…伊豆七島すべてが『◯』のものとなりました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「政府が『◯』の資産を凍結。税務調査に入りました」

◯テレビのニュース速報
キリスト教、イスラム教の映像にかぶせてナレーション
アナウンサー 「◯」の信者 2000万人を突破」
アナウンサー 「キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、シーク教に次ぐ世界第6位の巨大宗教組織の誕生です」

◯テレビのニュース速報
アメリカ、イラク、シリアの映像にかぶせてナレーション
アナウンサー 「新たな宗教戦争が起きるのでは…と、世界中がピリピリとした警戒感に包まれています」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「政府による資金凍結が解除され、伊豆七島に教団施設が続々と作られています」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「信者には、教団側から信者へ毎月10万円の”お布施”を払うと発表」アナウンサー 「教団の資金がどこから流れているのか依然、不明です」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「『◯』信者数が8000万人を越えました」

1年後─

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「◯信者が移住を開始しました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「民族大移動 日本本土から人が消えます」
アナウンサー 「政府は武力で阻止しようしましたが、さすが何もしていない自国民を攻撃することができません」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「日本政府、『◯』に対して、立法権、司法権を除き、すべての行政権、各省庁の委譲案を提示」
アナウンサー 「日本が崩壊しました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「本日、新日本政府が誕生しました」

◯テレビのニュース速報
アナウンサー 「誕生したばかりの新日本政府の姿が徐々に明らかになっています」

アナウンサー 「まず、国会を解散し、大統領制を導入」
アナウンサー 「国会議事堂跡にヌーディスト村を建設中」
アナウンサー 「初代大統領に小泉神一郎氏が就任することが決定しました」

アナウンサー 「新日本政府、国家予算案を発表」

アナウンサー 「国家として正式にベーシック・インカム制度の導入を宣言」
アナウンサー 「それにともない、国家体制を一新するもよう」

◯大統領執務室
ヤシが茂り、まるで南国のジャングルのよう
全裸の女性たちに囲まれる全裸の神一郎
神一郎 「国会は解散、議員は全員クビで~す!」
神一郎 「残務整理はランダムに選出した人工知能が務めます」
神一郎 「霞ヶ関は閉鎖」

◯自衛隊幹部の部屋のテレビ
神一郎 「自衛隊は今日から音楽隊と改名」
呆然とする自衛隊幹部

◯富士山裾野
呆然とする訓練中の自衛隊員
持っていたライフルを落とす
「わわわわ~~~~~~」
一目散に走り出す隊員たち

◯衛星画像のような俯瞰図からのズームイン

無数の中国船団の姿
突然、どの船もプスプスとエンジンが止まる
船上で呆然と立ち尽くす中国人
漂流する無数の中国船
ズームアウト

◯大統領室
神一郎 「富士子さんに敵う防衛システムはありません」

◯大統領室から地球を捉えるまでのズームアウト
神一郎 「富士子さん無敵で~す」

◯渋谷の街頭テレビ
神一郎 「えへん、今日から国民保険、厚生年金はなしよ」
群衆 「えええ~~~~~~っ!!!」
群衆 「だまされた~~~」
若者A 「…ま、生きていくだけなら…」
若者B 「いままで老人たちの生活が優先されて、若者は冷遇されていたからな」
笑顔の若者たち

◯巣鴨通り
老人A 「今まで貰っていた年金とくらべりゃ、ベーシックなんちゃらは、雀の涙ほどだけどな…」
老人B 「でも、老後の心配しなくてすむわ」

◯商店街
買い物客で賑わっている。
ナレーション 「国民が老後のためにと貯め込んでいたお金が世の中に出回りはじめ
日本経済にやっと光が見えてきました

◯病院のテレビを見てる、診察待ちの老人たち
神一郎 「はい、みなさ~ん。社会保証費、介護費用払いませ~ん!」
老人たち固まる
老人C 「こ・困るわ~病気なのよ~」
老人D 「診療費を払えん」
神一郎 「診療費も薬代も頂きませ~ん! すべて無料とします」
全員 「おお~」
神一郎 「ただし、皆さん明日からこれを着けてもらいます」
腕輪をかかげる神一郎
神一郎 「この『健康くん』が毎日、皆さんの健康管理を行いま~す」

◯大統領執務室
神一郎 「国・地方の公務員も全員クビで~す」
「だああ~~~~っ!?」
震える日本列島(地図)

◯地方の役所
全員が放心状態で立ちつくしている
神一郎 「明日から仕事は、ぜ~んぶ人工知能にまかせてね」

◯ファミレス
女A 「私たちほんとにしあわせになったのかなー」
男A 「とりあえず、好きなことだけ、やっていけんだから、いいんじゃないの!」
男B 「俺、ミュージシャン目指す…」

ナレーション 「ベーシック・インカム制度を心の底から喜んだ若者がいた」

◯今にも壊れそうなおんぼろアパート
漫画家A 「もうバイトせずに漫画だけを描ける」
漫画家A 「しあわせ~だ~」

◯大統領執務室
神一郎 「難民・移民のみなさ~ん」
神一郎 「平和な日本へおいで~」
神一郎 「まってま~す」

(おしまい)