TRON

TRON

1980年代── 街の喫茶店はインベーダーに侵略され、誰もが百円玉をテーブルに積み上げ、勝ち目のない戦いに挑んでいた。

テーブルゲームの基盤には、マイクロチップが搭載されている。

これは、そんなマイクロチップの話。

任天堂からファミリーコンピュータが登場。これで、ゲームセンターに通わなくても家でゲームができると喜んだ。

アスキーから「MSX」というパソコンが登場。ファミコンと同じく、ゲームのカセットを本体に差し込めば、家庭用テレビにつないで、ゲームを楽しむことができた。MSXには、「MSX-Basic」と、「MSX-DOS」も搭載されていた。自分でゲームを作れる時代になった。

ここに、マイクロチップの未来を予測した男が登場する。

東大の坂村健教授だ。

坂村教授は、昭和60年、画期的なコンピュータシステムを提案した。これからの時代、私たちは、マイクロチップに囲まれて生活することになる。そのためには、リアルタイムにコンピュータどうしがネットワークで結ばれ、人間社会の環境をより良くしていくことが必要だ。

TRON(The Real-time Operating system Nucleus)は、そんなコンピューター社会に適合するオペレーティング・システムとして考案された。

坂村健の失敗は、TRONを無料で公開してしまったことだ。

当時、アメリカのゴア副大統領は、情報ハイウェイ構想を持っていて、これにより、アメリカ経済を引っ張って行こうと考えていた。

そこに、登場したのが、TRONだ。タイミングが悪かった。折しも、日米は自動車をめぐる貿易不均衡問題に巻き込まれてしまったのだ。

日本政府は、TRONを第五世代コンピューターの構想を持っていた。

第一代世代コンピューターは、真空管の時代

第二世代コンピュータはトランジスタの時代。

第三世代はLSIが登場する。

第四世代は、さらに集積度を高めた超LSIの登場だ。

コンピュータは、もちろん、アメリカで誕生した。第二次世界大戦では、このコンピューの差が、今日の結果につながったと言われている。

コンピューターで文字を打ち込むには、キーボードを使う。欧米人はタイプライターに慣れていたので、それをそのまま、代用した。そんなキーボードの配列を「QWERT」と呼ぶ。キーボードの上段の文字をそのまま打っただけ。なぜ、文字がこんな配列になったかというと、キーボードを早打ちするとタイプバーが絡まり、わざと打ちにくい配列にしたという説がある。つまり、打ちにくい、使いづらいキーボードを私たちは遣い続けているのだ。

いっぽう、日本は、漢字の国である。そんな簡単に漢字かな混じりの文章の作成など、夢のまた夢。

皆がインターネットで結ばれたとき、重要なことがある。どの民族のどの言語も同じコンピューターの上に表示する必要があるのだ。マイクロソフトは「unicode」という案を出した。これは、世界中の言葉を16bit空間の中に、とにかく押し込んでしまおうと言うもの。切り捨てられる文字が出てきてしまいそうな文字が出てきた場合は、同じような文字で代用しようという案だ。

これはもっともな案で、当時コンピューターの処理能力はそんなに高くなかったし、メモリーも高価だった。

しかし、世の中は激変する。まるでカンブリア紀のように。

NECがPC-8001というパソコンを発売すると、人々は熱狂した。しかし、当時パソコンは、とても高額だったので、手に入れることのできる人は、とても裕福な家庭の子か、オタク…だった。オタクは経済観念が崩壊しているので、好きなモノ、欲しいモノのためなら、どんな高額であっても、買う。

他のメーカーもこぞってパソコンの新製品を発表した。

世界はこの新しいオモチャに光を見出した。デジタル戦争の始まりだ。

坂村は、まず、キーボードに注目した。欧米人には馴染みがあろうが、漢字の国、日本では、まっさらな条件で日本語入力のしくみを考えることができる。

そこで、登場したのが、TRONキーボード。

その異様なカタチに人々は驚嘆した。

また、坂村は、コンピュータと人間の社会を「実」と「虚」という言葉で表した。東洋の仏教に慣れ親しんできた私たちから見ると、とてもわかりやすい概念だ。

坂村は、コンピューターの専門家ではなく、哲学者だ。

コンピューターに囲まれた生活をしている人間が、いかに快適に暮らしていけるのかを考え続けていた。

日米の貿易不均衡は激しくなるばかりで、アメリカでは、日本車の不買運動が広まり、日本車が燃やされた。

ゴアには、この状況が「不適切な事実」だった。日本政府に裏取引を持ちかける。自動車の輸入を見逃すかわりに、第五世代コンピューター構想をひっこめろと…。

政府は、先が見えてなかった。このゴアの提案に見事に乗ってしまった。

坂村は、中学校にTRONを置くことで、子どもたちがコンピューターというものにいちはやく慣れ、高校を卒業する頃には、皆が、コンピューターに慣れることのできる社会を夢見ていた。読み書きそろばんということばがあるように、国民の教育。リテラシーの問題だ。坂村は、コンピューターは、日本の明るい未来を約束していたのである。

そんなある日、坂下は、政府から、突然はしごを外されてしまった。

そのあとのことは、みなさんがよくご存知だろう。各社から華々しく登場したパソコンは10年間で姿を消した。自らの遺伝子を残せずに死んでいってしまったのだ。

なぜ、そんなことが起きてしまったのか。今、私たちは、この時代を冷静に振り返ってみる必要があるだろう。

1993年(平成5年)マイクロソフト社が「Windows 3.1 日本語版」を発表した。

アメリカ政府の強力な肝いりで、マイクロソフト社は日本に乗り込んだ。外来種が日本に持ち込まれたのである。それがいかに危険なことか、人々は気付くはずもなかった。

坂下のTRON構想には、BTRONとCTRONがある。BTRONはおもにビジネスで使われるコンピューターで、CTRONは、コンシューマー、私たちの生活により身近にある、スマホのようなコンピューターだ。

日本に上陸した外来種(Windows 3.1)は、徐々にその勢力を広げていった。教育現場には、おしげもなく、振り蒔いた。いずれ、タネが育つことを期待してだ。

コンピューターは、言ってみればただの箱。それ自体では何の役にも立たない。その中に埋め込まれた、遺伝子(オペレーティング・システム)が重要だ。

コンピューターと人間がどのようにコミュニケーションをとり、社会を形つくっていくか、これは、むしろ文化の問題だろう。

その外来種の遺伝子は、貪欲で強靭だった。あっという間に日本のコンピューターのオペレーティングシステムは、Windows 3.1に食い荒らされていったのだ。

現在、コンピューターと言えば、マイクロソフト社のWindowsと、アップル社のMacintoshだけである。他のパソコンの遺伝子は、すべて滅びた。注目してほしいのが、コンピューターを思い描いたとき、誰しもハードウェアが浮かぶ。けれども、重要なのは、その中身という点だ。

誰もがスマホを持ち歩き、自動車にもコンピューターが搭載されネットワークに繋がった社会。これが、坂下が思い描いた社会だ。どこでもコンピューター、万事萬の神にコンピューターはなった。どこでもコンピュータ社会だ。

今、若い人に「TRON」と聞いても、知っている人はほとんどいないだろう。いい歳をした大人に聴くと、そういえば、TRONっていう外国の映画があったね…

悲しくなった。

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