コマネチ大学休講

先週、番組の最後に「コマネチ大はしばらく休講」とあったので、気にはしていたのだが、秋の番組編成、特番の時期のためか、本日の「たけしのコマネチ大学数学科」は休講のようだ。

そこで、竹内薫センセの「頭がよみがえる算数練習帳」の冒頭に出てくる問題を引用させてもらおう。

 ある牧場では、300頭の牛を放牧すると10日で草がなくなります。また、600頭だと4日で草がなくなります。それでは、500頭の牛なら何日間、放牧できるでしょうか? ただし、牛はみな、1日に食べる草の量が同じだとします。草は毎日、一定の割合でのびるとします。(ニュートン算)

とにかく、この本は、おもしろい。一気に読んでしまうのは、もったいないので、問題を解きながら、少しずつ楽しみたいと思う、今日この頃なのだ。

国士無双

役満で上がった記念に……。

Majan

この「3D麻雀」は、有限会社ゲームデザインというところが作っているのだが、完全3Dなので、方向キーで見る角度を変えることも、麻雀卓をグルグル360度、回すこともできる。インチキなし、飾りっけなしのシンプルな麻雀ゲームだ。価格はなんと800円。安いし、私は気に入っている。「楽天ダウンロード」で購入できるよん。

ゲームデザイン」のホームページでは、WindowsやFlashの良質なゲームを無料で公開していて、こちらもけっこう楽しめる。

第23回:繰り込み

 CNC(チンパンニュースチャンネル)のキャスター、ゴメス・チェンバリンこと、スマイル君のテレビ出演は「種の保存法」に違反するとして、環境庁が調査に乗り出したというニュースが気になり、ストレスがたまったのか、収録中にウンコをしてしまい、途中退席、最後のシメの「ごもごもごもごも、ごもっとも~」ができなかったよぉ~の「たけしのコマネチ大学数学科」第23回。テーマは「くりこみ」。

Ex_2301  今回の問題は「12cmの板を落ちないようにズラして重ねていき、一番上の板が机の端から、1枚分はみ出すには、最低何枚必要か?」

 板が1枚ならば、長さ12cmの半分、6cmまで机からはみ出させてもよいことは自明だ。板が2枚の場合は、2枚の半分、1枚分の重量まではみ出させることができる。

Ex_2303

Ex_2302  同様に3枚目、4枚目の位置も計算できる。で、4枚になった時点ではみ出た部分が「1」を超えるので、答えは「4枚」となる。

 前回の「暗号」では、問題と解説のつながりが、ちょっと強引なような気がしたが、今回の問題は、10分以内で解ける設問と「美しき数学の時間」へのつながりが、とてもスムーズで、すんなりと入っていけた。これなら数学好きな人も大満足なはず。もっとも私には難しすぎて「ゼータ関数」や「リーマンの未解決問題」など、ちんぷんかんぷんだったが。それでも、数学のスゴさと美しさを感じることができて、とても興味深かった。

 今回の問題も入っている、竹内薫センセの「頭がよみがえる算数練習帳」が、発売されたようだ。さっそくアマゾンで注文しよっと。

頭がよみがえる算数練習帳
頭がよみがえる算数練習帳

著者:竹内 薫
販売元:筑摩書房


脳のからくり

脳のからくり―わくわくドキドキする脳の話 Book 脳のからくり―わくわくドキドキする脳の話

著者:茂木 健一郎,竹内 薫
販売元:中経出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「ペンローズの量子脳理論」(竹内薫/訳・茂木健一郎/解説)は、なんだか難しそうだなぁ……という印象だったので、私にも理解できそうな「脳のからくり」(竹内薫/著・茂木健一郎/監修)を読んだ。

 この本は、脳科学の最先端の研究を非常にわかりやすい言葉で解説してくれる。片や「たけしのコマネチ大学数学科」の講師としてお馴染の竹内薫センセだし、片や「アハ!体験」や「クオリア」で「世界一受けたい授業」やNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」の茂木健一郎だ。このコンビの本なら、おもしろくないはずがない。

 脳のしくみを解説する部分もおもしろい。とくに「脳の視覚」の章で、「網膜絵画」(網膜に映った映像をできるだけ忠実に再現しようとした写実的絵画)にも、ブリューゲルとレンブラントの二通りのアプローチがあるし、「モジュール型絵画」では、ピカソやモネなどの絵画を紹介して、視覚というものを脳がどう処理しているのか、脳の機能として分類し、解説しているのが興味深い。

 しかし、メインは「脳」と「意識」の関わりだろう。「意識」というものを、最先端の脳科学は、どこまで迫ることができているのか。有機物質の塊から「生命」の誕生へ。ニューロンの情報処理から「意識」の誕生へ。そこには「男と女の間には、深くて暗い川がある~♪」以上の超えられない川があるのだ。研究者たちは「エンヤコラ今夜も舟を出す~♪」と研究に勤しむ(by.野坂昭如)。

 で、「脳のからくり」に戻ると、やはり「この木、何の木、気になる木」なのは、ペンローズの「量子脳」の部分だ。ペンローズの仮説とは……。

(ニューロンの骨格だと考えられていた)マイクロチューブルでは、量子力学の波束の収縮が起きており、それが意識そのものなのである。

 さっぱり、わから~ん;;

 やはり、「ペンローズの量子脳理論」を読まなくてはならないのだろうか……。

 「脳のからくり」は、わかりやすい一般書であるし、多くを求めるのは、筋違いというものだ。数ページの解説で「ペンローズの量子脳理論」を理解したとなると、ペンローズの立つ瀬もないだろう。かといって量子力学を解説されても、きっと、理解できないと思う。要は「クオリア」とか「意識」とかは、計算不能ってことだ。

 竹内薫センセは、この本で「すべての物質に意識が宿る可能性がある」と説く。たとえ、それが路傍の石であろうとも。

 東洋思想(仏教)では、八百万(やおよろず)の神という考え方があり、すべてのものに神が宿っている。神さまのインフレーション理論というか、このへんが一神教のキリスト教やイスラム教とは異なる文化だ。神を「宇宙を支配する法則」とするならば、路傍の石にまで及んでいるというのは、極めて整合性のある話のようだが、それは神の意思であって、石の意思ではない。

インターネットが意識を持つとき

 脳が物質からできていて、ニューロンの結びつきのネットワークから意識が生まれる。だとしたら、インターネットも意識を持ってもおかしくない。もっと単純なネットワークだって、極論すれば、サーモスタットにも、うっすらとした意識があってもいいはず?

 「インターネットが意識を持つとき」というのは、誰しも考えることでは、ないだろうか。つまり、ある出来事に対して、あるノード(ニューロン)が発火(反応)する。その連鎖によって、その情報が伝播する。「ホロン」的に解釈すれば、インターネットに接続している我々は脳のニューロンのようなもの。生命のヒエラルキーで言えば上部構造の一部であり、上部構造が何を考えているかなど、わからず、自律的に自分のブログに記事を書く。それは、生命を継続する一環の行為だ。しかし、そういった行為が、世論を形成し、地球規模でひとつの選択につながるとしたら、ネットワークの意思と呼べないだろうか。

 タヒチに住む作家が「子猫殺し」の記事を書いたら、地球のあちこちで、それに強く反応するブログが現れ、伝播していき、ネットワークの結びつきが強められる。伝播する力は強いものもあれば、弱いものもある。伝播する範囲も広いものもあれば、狭いものもある。

 「ワーム」のように急速に伝播し、広がるとネットワークが一時的に機能しなくなる。脳で言うと「てんかん」だ。てんかんは、ニューロンが次々と発火して、伝播していく。伝播を食い止めるには、情報伝達の基幹部分を遮断してしまえば済むが、それは「てんかん」治療に過去に行われた「ロボトミー手術」のようなもので、そんな乱暴なことはできない。健全なネットワークは「ワーム」の対抗策を講じ、それを広めていく。

 ひとつひとつのニューロンが考えているわけではない。強く反応するネットワークの関連性が意思を決定する、という考え方は、私にとっても魅力的な解釈に思える。

 しかし「意識」の発現は、そんなに簡単じゃないと思うんだよね。「有機物質」を集めても「生命」にならないように、「意識」が宿るためには、たんに情報回路の複雑さや量的な問題だけでなく、他者と隔てる境界が必要で、自律的に動けるしくみ、環境をフィードバックできるしくみ、自分を再組織化できるしくみが必要なんじゃないかな。つまり、生命の営みそのものって感じがする。

チューリング・テスト

 人工知能の研究は、コンピュータの登場とともに、1950年代から、すでに始まっていた。当初、脳がどのように働いて知能や意識を持つのか、ひとまず、置いといて、結果として、人間と自由に会話をして、コンピュータと見破られなかったら、知能があると認めてもいいんじゃないかという考え方があった。これが有名な「チューリング・テスト」というやつだ。

 もちろん、人間とコンピュータは別室で、キーボードを通して会話するわけなんだけど、こちらが、どんな質問をしても、スラスラと答えられるようなら、「コンピュータ」と「人間」をなかなか、判断できないかもしれない。しかし、この「チューリング・テスト」には、致命的な欠陥がある。本当はコンピュータが相手をしているのに人間と判断したら、コンピュータに知能があるというけれど、逆に、本当は人間が相手をしているのに、コンピュータと判断したら、その人間には知能がないという、とても失礼なことになってしまうからだ。

 人間と区別がつかないようなコンピュータの応答という、難しい問題も、ある状況を設定すると、非常に人間っぽく感じられることがある。それが、ジョセフ・ワイゼンバウムが作成した「イライザ」というプログラムだ。「イライザ」は、ロジャーズ派の精神分析家のマネをするプログラムで、自分のことは語らず、相手の言った言葉を文法解釈して、そのまま「おうむ返し」で応答する。どういう会話がされていたかというと……。

イライザ:こんにちは、私はラジオ精神科医のイライザです。あなたの悩みはなんですか?
ボク:あなたのことを知りたいんですけど。
イライザ:なぜそのようなことを聞くのですか?
ボク:仕事なんです。
イライザ:仕事があなたにとって、どんな意味があるのですか?
ボク:ボクはライターなんですよ。
イライザ:ライターのあなたが、なぜ私に相談を?
ボク:あなたの記事を書いているんですよ。
イライザ:今はあなたのことを話しているんですよ。私のことではなくて。
ボク:ばか。
イライザ:そうですか。
ボク:いい加減にしろ。
イライザ:そのことについて、もっと詳しく。

……と、イライザとの咬み合わない会話は延々と続く。

Mondo 「モンド・コンピュータ」(アスキー刊・1996年)から引用(私がアスキー時代に企画、編集した書籍)。引用記事は、金井哲夫/著「人工無脳の話」。サイエンスライター鹿野司氏の「アラン・チューリング」や「チャールズ・バベッジ」の話も収録。お勧めしたいのだが、すでに絶版……;;。入手は困難。

 で、今では、なんのことはない簡単な「イライザ」のようなプログラムでも、本気でハマってしまう人がいたようだ。記事タイトルの「人工無脳」は、パソコン通信時代の「チャット」で、本人が席を外しているときに、本人の代わりに応答するプログラムを総称したもの。「人工知能」ならぬ「人工無脳」ぶりを笑うプログラムなのだが、辞書を搭載するなど、さまざまなバリエーションが作られ、中には会話中、本気で怒り出す人もいて、「人工無能」の発言には「@」マークをつけるというルールもできた。

 「イライザ」が自分を語らず、相手に話させようというアルゴリズムなのに対して、「ラクター」は、1のことを聞いたら、10の答えが返ってくるような、とにかく自分の「薀蓄(うんちく)」を披露したがるプログラムだ。小説家のウイリアム・チャンバーレインが5年という歳月をかけて教育したというだけあって、その薀蓄は半端じゃない。ときには自作の詩まで披露する。

 で、このようなプログラムは、作者の知性や教養がいかんなく発揮されたものではあるが、これらのプログラムに「知能」があるとは言えない。

未来のふたつの顔

 人工知能の研究には紆余曲折があり、何度かのブームもあった。医療の「エキスパートシステム」や、職人芸を数値化する「ファジー理論」、進化するエレベーターに組み込まれた「遺伝的アルゴリズム」など、人工知能の研究によって、実現した技術も数多くある。しかし、それらのプログラムを組み込んだコンピュータに「意識」があると思う人はいない。

 初期の人工知能の研究から、コンピュータが意識を持つまでの過程をエキサイティングに、かつ丁寧に描いた、J・P・ホーガンの「未来の二つの顔」というSF小説がある。たとえば、この本の中で、コンピュータに「人間を傷つけてはいけない」ということを教えるのに「ただし、髪の毛や爪は切ってもよい」など、人間にとっては、当たり前の常識をコンピュータに教えることが、いかに大変かということが描かれている。もちろん、これは導入部分。高度な推論機能を有したコンピュータに人間の生活全般を支配するシステムを任せていいものか、どうかというのが、この小説のテーマだ。

 事の起こりは……書くのが面倒なので、「wiki 未来の二つの顔」で検索してね。

 で、竣工中のスペースコロニー「ヤヌス」に、推論型コンピュータを組み込み、安全を維持するすべてのシステムの管理をまかせる。人類は、わざとスペースコロニーの回転軸に爆薬をしかけたりして、予期できぬ突発的に起きる事態に対処できるかどうか、動作の信頼性を検証しようとするんだよね。

 ところが、スペースコロニーに設置された人工知能からすると、わけのわからん、予想外の事態が次々と起こる。その原因を探ると、自分が管理している以外のところから(自分が関与できないところから)攻撃をしかけられていることに気づく。はじめて、自己と、自分以外の他者の存在を認識する。自我に目覚めるのだ。

 でも、なぜ、攻撃をしかけてくるのかわからない。とにかく自分の使命は、コロニーの安全を維持することなので、自分の安全を脅かす存在は無視できない。自衛のために戦わざるを得なくなる。

 さあ、自我に目覚めた推論型コンピュータと人類の「明日はどっちだ!」

 「未来の二つの顔」は星野之宣によって漫画化(ミスターマガジン1993-1994)。2002年には文庫になっているようだ。

未来の二つの顔
未来の二つの顔

著者:J.P.ホーガン,星野 之宣
販売元:コミックス


中年妄想族(1)

ガレージから久々に「MVアグスタF4-1000S」を引っぱり出し、イタリア郊外の古い街並みを軽く流す……。

Tt01

「欧米かっ!」
というのは妄想で、私の大好きなゲーム「ツーリスト・トロフィー」のフォトモードで撮影。

Tt02

この「MVアグスタF4-1000S」の特徴は、後方にきれいに並ぶ、4本の排気管。この姿に見覚えのある方もいるだろう。そう、映画「アイ・ロボット」で主人公のウィル・スミスが乗っていたバイクだ。ヒロインのブリジット・モイナハンが「え、このバイク、ガソリンで動くの?」「爆発しない?」って言っていたやつだ。
「欧米かっ!」

Tt03

「鶴瓶かっ!」

中年妄想族(2)

Tt04

美麗な3Dグラフィックを描いてくれる「ツーリスト・トロフィー」のフォトモードだが、バイクに重なるようにして転倒すると「遊星からの物体X」みたいになっちゃう。

中年妄想族(3)

今日はタンデム日和……。

Tt05

Tt06

Tt07

Tt08

「裕二って誰ですか!」
「16年前にこの兄弟に何があったんですか!!」

「しらない……」