■ムペンバ効果の波紋

 今更ながらだが「ムペンバ効果(Mpemba Effect)」という言葉をご存じだろうか。

問題:60℃のお湯と、20℃の水を容器に入れ、冷凍庫(-20℃)に入れたとき、どちらが先に凍るか?

 NHKの「ためしてガッテン」(2008年7月9日放送)で「常識逆転! お湯は水より早く凍る」で紹介されて、話題になり、ブログなどで、物議を醸し出した。「ムペンバ効果」とは、常識に反して、熱湯のほうが速く凍るという現象なのだが、必ずしも成功するとは限らず、また、そのメカニズムも解明されていない。そこで、いろいろな意見が噴出して、混乱している状態だ。

 爺が「ムペンバ効果」という言葉を知ったのは、つい最近。じつは、NHKの「ためしてガッテン」の「常識逆転! お湯は水より早く凍る」という番組を見ていないのだ。爺は、爺が勝手に師と仰いでいる小島寛之センセのブログ「小島寛之の日記」で、初めて「へぇ~、そんな現象があるのか」と知った次第。

 で、小島寛之センセが紹介していた雑誌「RikaTan」(2008年10月号)を取り寄せて読んでみた。ムペンバ効果について書かれているのは、4ページの記事だけなんだけどね。簡単にまとめると、お湯のほうが水よりも速く凍るというムペンバ効果は、紀元前のアリストテレスも言及していたりして、経験的に知られていた現象だという。ところが、冒頭にも書いたけど、必ず、そうなるとは限らず、必要にして十分な条件の絞り込みや、その仕組みについては、よくわからないままだった。1969年といえば、アポロ11号が月に着陸した年だけど、当時、タンザニアの高校生だった「エラスト・ムペンバ」君は「これは、すごいことを発見したぞ!」と思ったわけね。科学論文としても発表され、ムペンバ君が再発見した、この現象は「ムペンバ効果」と呼ばれるようになったのじゃ。

 物理学の世界では、大槻義彦名誉教授のように、この現象を認めない人もいるみたいだ。20℃の水が凍るまでに1時間かかったとしよう。いっぽう、60℃のお湯が冷気にさらされ、冷えていくと、必ず20℃になる状態になる。つまり、20℃の水が凍るより、それだけ多くの時間を要する……とゆーのが、一番の根拠だ。

 お湯が冷えて水になるとき、その温度分布は一様ではない。温度のムラが起きるということ。4℃以上では、温度が高いほど、分子密度は低くなり、温度差があると対流が起きる。蒸発(気化)により、熱が奪われる、あるいは、全体量に違いが出るかもしれない。また、水道水を5分ほど沸騰させ、冷ました白湯は、カルキ臭が飛ぶことなどから、水に含まれる成分が、違ってくるのかもしれない。もちろん、冷却装置とゆーか、冷却する環境状況も重要である。ネットで調べてみると、硬水と軟水で違うなんていう意見もある。

 たしかに、NHKの「ためしてガッテン」では、家庭用の冷凍庫で、誰もがその効果を確かめることができると誤解されるような報道をしたことは、少々問題があるかもしれないが、「ムペンバ効果」の現象自体は、かなり広い条件下でも起きる……という印象を得た。

 で、爺がなぜ、今更ながらに「ムペンバ効果」を取り上げたかというと、小飼弾氏のブログを読んだから。

404 Blog Not Found
反「反知識」- 書評 – すすんでダマされる人たち
「科学者よ、責任を果たせ」 – 書評 – 大槻教授の最終抗議

 はたして「ムペンバ効果」は、大槻義彦教授が言うように「馬鹿馬鹿もの」の似非科学なのか? それとも、爺は「すすんでダマされる人」なのか^^;

大槻義彦公式ブログ
【ムペンバ効果】
【ムペンバ効果、再び】

 で、「RikaTan」(2008年12月号)に「ムペンバ効果のサイエンス」(日本雪氷学会研究集会レポート)という記事があり、その中で「大槻さんが深い考慮なしに過激な発言をしたのは、物理学者とは思えない行為であり、強く批判したい」と糾弾している。

 なんか、おもしろくなってきたぞ、と感じるのは、門外漢な爺の感想。日本雪氷学会のほうは、この「ムペンバ効果」の現象を左右しそうな要素……
(1)お湯の温度
(2)水温
(3)装置(容器の材質、冷却方法、観察方法など)
(4)対流(容器の寸法による効果)
(5)過冷却
(6)溶存気体(水に溶け込んでいる気体の問題)
(7)溶質(どのような水を使うのか)
(8)霜
(9)水蒸気圧(容器表面からの蒸発の効果)
などを挙げている。

 もしも、各々の条件で5種類の条件を試すと、5の9乗で、約195万通りの実験を試す必要があるとのこと^^; でも、多くの組み合わせの中から、予測を立て、条件を絞り込んでいくのは、日本の科学者に向いていると思う(←これこそ、非科学的な爺の思い込み)。

 爺は「ムペンバ効果」は、「水からの伝言」みたいな、オカルティックな現象と違うと思っている。だって「ムペンバ効果」を信じたって、誰も得をしないし、損もしない^^; 何の「効果」もない^^; だから「ムペンバ現象」と呼ぶべきだという人もいる。「科学」と「宗教」の違いは、反証性にあると思う。「科学」にも間違いはある。わからないことも多い。でも、誰でも反証するすることが認められていることが重要で、喧々諤々の、それぞれの主張をすればよろしい。「科学」、あるいは、人々の認識は、その「反証性」によって、進歩してきたんだもの。

 話は脱線するが、我々が日々、口にする食品の冷凍技術の経済的な波及効果は大きい。生鮮食品の長期間の保存を可能としているのは冷凍技術だ。たとえば、マグロなどは、業務用の冷凍庫で「-80~-60℃」で凍らせて保存しているが、家庭用の冷蔵庫の冷凍庫は、せいぜい「-20℃」程度。ひと頃、「パーシャル冷凍」を謳い文句にした冷蔵庫も発売された。これは「-3℃」程度で、ゆっくり半冷凍(?)にする技術で、冷凍するときに起きる細胞膜の破壊を抑え、解凍したときに破壊された細胞から肉汁がしみ出すことが少なく、鮮度を保つと同時に、カチンコチンに凍った状態ではなく、包丁で切れる調理のしやすさがウリだった。

 また、過冷却された水に衝撃を与えると、一瞬で凍りつく現象をテレビなどで、見た方も多いと思う。これは、水分子を振動させながら温度を下げると、「0℃」以下になっても凍らない。しかし、外部的な大きな振動などの刺激が加わると、「おまえは、すでに凍っている」と秘孔を突かれ、「ひでぶ!」と凍ってしまう現象だ。

 「電磁冷凍」という技術で、圧倒的なシェアを誇る企業が「(有)サンワールド川村」だ。過冷却の原理を応用していると思われるが、電磁的に食材の分子を振動させながら凍らせる技術で特許を取り、業務用の冷凍庫を販売している。前述したように、業務用の冷凍庫は「-80~-60℃」で冷凍するのに対し、この会社の「NICE-01」は「-20℃」でも、食材の鮮度を保ちつつ(細胞膜を破壊しない)冷凍ができるという。

 爺は、テレビ番組、TBSの「夢の扉」で見たのだが、離島の市が、その近海で獲れる「イカ」を出荷する際、どうしても、離島なので、内陸にある漁港よりも、輸送に時間がかかり、鮮度が落ちてしまい、取引価格が落ちてしまう。そこで、この離島の役所は、前述した会社の冷凍庫「NICE-01」を購入し、イカの鮮度を保ちつつ冷凍することで、内陸の漁港との競争力を得て、地元漁民の利益を守り、経済的にも成功していること。

 モノが凍るという現象は、いろいろなファクターが複雑に絡み合う。「ムペンバ効果」は何の得にもならないと書いたけど、もしも「ムペンバ効果」が科学的に立証できたら、ひょっとすると、調理加工食品のように、高温な食品を効率よく冷凍できる技術に結びつくかもしれない。

 ここからは、爺の勝手な妄想だが、水が0℃で凍り、100℃で沸騰する。これは、セルシウス氏(中国では、摂氏)がそう決めたからである(もちろん、1気圧という条件で^^)。だから、水は0℃で凍り、100℃で沸騰することは誰でも知っている。また、水は0℃で凍り、100℃で沸騰することは、実験によって確かめることができる。でも、沸騰する瞬間、どこに泡ができるか、それは確率的な問題であって、すべてを計算し尽くすことはできない。同じように、水が凍る場合も、0℃で凍ることは明白なのだが、前述したような技術で、その凍り方を変えることができる。

 何が言いたいかというと、自然界には当たり前に起きているし、わかっていると思えることでも、じつは、わからないことが多いとゆーこと。なんとなく、気象学者のローレンツが気象の変化を予測しようとして、シミュレーションしたとき、ほんの少しの初期値の違いが、まったく異なる結果をもたらすという、初期値敏感性、いわゆる「バタフライ効果」と似たものが、この「ムペンバ効果」にも内在しているのではないかと、爺は思ってしまうのだ。

 小飼弾氏は「こどもの科学」の年間購読の申込をしたそうだが、「RikaTan」も勝手に薦めてみたりする^^; かわいらしい書名だが、こちらの読者層は「大人」。そのココロは「理科の探検」。

RikaTan(2008年12月号)
RikaTan(2008年12月号)
編集長:左巻健男
星の環会
840円(税込)

※「ムペンバ効果のサイエンス」~日本雪氷学会研究集会レポート~

RikaTan(2008年10月号)
RikaTan(2008年10月号)
編集長:左巻健男
星の環会
840円(税込)

※「リカ先生の10分サイエンス」で「ムペンバ効果」を取り上げている。

《追記:12月17日》

 爺はムペンバ効果を「かなり広い条件下でも起きる……という印象を得た」と書いたが、もちろん、爺は実験によって確かめたわけではない。でも、それだけ、広い条件下で起きる現象ならば、なぜ、これまで科学として立証されてこなかったのだろうという疑問を抱いた。

 たとえば「カシミール効果」などは、物理に疎い爺には、にわかに信じられない現象だが、ちゃんと科学として認められている(条件を厳密に設定すれば、追実験・検証が可能ということ)。量子力学的(ミクロ)な世界が、現実(マクロ)な世界で確認された現象だ。

 で、その後も気になっていたのだけれど、ネットで物質の「相転移」を調べていたら、偶然にも「ムペンバ効果」について書かれた文書を見つけた。

 それは「大阪市立大学大学院 理学研究科 物質分子専攻/理学部 物質科学教室」の准教授を務め、「日本物理学会」の会員でもある、吉野治一氏のページだ。

物性研究者 吉野治一のぺーじ

Mpemba_02
(※クリックで拡大)

《出典・引用元》
http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~yoshino/Lect/water/chapter12.pdf

 詳しくは出典・引用元のPDFファイルを見てほしい。ちょっとだけ、爺の感想を書くと、「教科書などでは水は0℃になると、凍り始め、0℃の温度を保って凍り続けていく」とあるが、吉野氏によると実際は、「水分子はクラスター構造を持っていて、一度、過冷却(0℃以下)の状態になり、再び0℃に戻り、凍り始める」と言う。熱水の場合は、分子がバラバラの状態で、このクラスター構造を壊す時間=過冷却の時間が短縮されるらしい。爺は、この説明に「なるほど~」と思ったが、吉野氏は「ムペンバ効果」は未解明であり、「説明の一例」と断っている。

 やっぱ「ムペンバ効果」は未解明なままなのか……。「はらたいら氏に3000点」じゃないけれど、どこかの企業や財団が「ムペンバ効果を解明した人に100万ドル」とか、してくれないかな^^; そうすれば、研究者のインセンティブも高まると思う。

 あと、英語に堪能な人は、以下のサイトを参照してみてほしい(ガスコン爺は、自動翻訳サイトを利用したので、なにがなんだか……^^;)。

Can hot water freeze faster than cold water?


“■ムペンバ効果の波紋” への4件の返信

  1. 初めまして。ためしてガッテンで「ムベンパ効果」を見てすぐに、家庭用冷蔵庫の冷凍室で、プリンカップに湯と水を入れて試してみた者です(笑)。
    「騒動になったので、日本雪氷学会で話し合う」って話までは聞いたのですけど、それでどうなったのか気になっていました。ありがとうございました。頭のせいで理屈はわかりませんが(汗)。
    わたしがやってみた限り「ほぼ同時に凍る」って感じが一番多かったです。

  2. こんばんわ。
    わたしも大槻教授のやり方にはちょっと批判がありますね。実際に現象として起きている事実があるので、そこを受け入れないとだめだと思います。物理屋さんというのは「実証・検証されてなんぼ」の世界ですからね。かの益川さんもそう言われていましたよね。
    「相転移」って何かと解決しない問題が多いですね。インフレーション宇宙も高温超伝導もヒッグス粒子も。ここにムペンバ効果も入るんでしょうか[E:eye]

  3. なおさん、なにわっちさん、コメントありがとうございます。
    >なおさん
    実際に実験して確かめてみるのは、大変重要だと思います。ただ、現在の物理学では、素人が簡単に追実験できるような条件ではないんですよね。でも、今回の「ムペンバ効果」では、家庭用の冷蔵庫の冷凍庫でも実験可能とゆーことで、広く、この現象が認知され、関心を集めたということでしょうね。
    >なにわっちさん
    まさしく、ご指摘のとおり。ビッグバンの「相転移」を調べているときに、水の「相転移」にぶちあたったわけです^^; 水蒸気が雨になるとき、あるいは雪になるとき、核となる物質と結びつきますよね。「力の大統一理論」は、まだ完成されていませんが、宇宙温度と「水のムペンバ効果」に、なにやら関係がありそーな、ないよーな^^; そんな物理学の不思議さに心惹かれる爺です^^;

  4. こんばんわ。
    ガスコンさんのメッセージを見て、思わず、書き込んでしまいました。見るのが遅すぎたのですが(^^;
    いま、「オイラー数」がTVで流れています。
    「相転移」つながりだったんですね。「宇宙温度とムペンバ効果」となれば、「潜熱」というのもキーワードになってきますね。
    もしかして、ガスコンさんはノーベル賞ネタからいろいろと調べ物をされていたのでしょうか?(相転移というと南部さんにつながりますし)
    私も久しぶりに昔の本をひっくり返して、素粒子の勉強なんぞをしてたりしてます。結構、頭がこんがらがってます(^^;

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