■粘菌が迷路を解く?

 かなり前に「サイエンスZERO」という番組で、粘菌が迷路を解く様を見て、爺は「粘菌」にすごく興味を抱いた。竹内薫センセも粘菌に熱い眼差しを注いでいるようで、何度か北海道大学の中垣俊之准教授を訪ねているようだ(薫日記:粘菌が熱い)。

 上の図は、過去記事「オートマトン」で爺が作成した「二分木構造」を描くFlashの画像を加工したもの(「粘菌」の画像をそのまま引用しちゃうと、著作権侵害の怖れがあるため^^;)。でも、簡単なスクリプトで描いた図形でも「粘菌」ぽく見えないこともない^^; それは、ともかく、注目すべきは「迷路を解く」という、知的な作業を、脳も神経もない、多核細胞がなぜ解くことができるのだろうか。

「粘菌」は「変形菌」とも呼ばれ、細胞性粘菌と原生粘菌に区別される。1時間に1cmくらい動いてバクテリアなどの微生物を食べるという、動物的な面と、その一生のサイクルの中で、きのこのような「子実体」を形成し胞子によって繁殖するという植物的(菌類的)な面を併せ持つ、ヘンな生き物だ。「粘菌」は、細胞膜を持たない裸の原形質の塊で、「変形体」は原形質流動によって単細胞生物の「アメーバ」のような動きをする。しかし、枝分かれして、大きくなると、多核体となり、カナダの湿原地帯の地下には、数キロメートルに広がっているという話もあり、世界最大の生物とも言われている。

 さて、「粘菌」がいかにヘンな生き物かをわかってもらったところで、その「粘菌が迷路を解く」という話である。北海道大学、電子科学研究所の中垣俊之准教授によると、シャーレの中に「迷路」を作成し、迷路の入口と出口にあたる2箇所に「粘菌」のエサ場を作る。で、2箇所のエサ場に「粘菌」を配置すると、「粘菌」は活動範囲を広げていき、「迷路」に沿って広がっていく。やがて、ふたつのエサ場が結ばれ、最終的には、ふたつのエサ場を結んだ栄養素を運ぶ「最短距離」の太い管が形成されるというもの。つまり、これが迷路の最短ルートになるわけ。自然は無駄のない簡潔な形を好むということか。

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 植物は、栄養素を運ぶため、毛細管現象を使ったりするが、動物は「脈動」して栄養素を運ぶ。人間ならば「心臓」が「脈動」して、血液を全身に行き渡らせる役目を担っている。「粘菌」の場合も、細い管が網の目状になっていて、1時間に1cmという遅い動きではあるが、「脈動」することによって、栄養となる原形質を全身に運ぶ。その「原形質流動」が多いほど、管は太く成長する。こうして、「粘菌」は「迷路」の中で、もっともエネルギー(栄養)を運ぶ効率的なルートの管が太くなり、エネルギー(栄養)が少ない管は衰退していく。最終的な結果として、「粘菌」は、見事に「迷路の最短ルート」を解いているというわけだ。

 そこで、酔っ払い爺も、この「粘菌」システムを模倣して、迷路を解くFlash版の「粘菌」を作成しようとした。アイデアは簡単で、迷路の壁を「-1」とし、通路は「0」とした迷路を描く。ふたつのエサ場を初期設定とし、「粘菌」は自分自身をコピーし拡大する。ルール(1)は、「粘菌」の進む方向は、少しでも「栄養」が高い方を選ぶ。壁は「-1」なので、結果的に「粘菌」は通路に沿って進むはずである。ルール(2)エサ場からの距離に応じて「栄養度」が減衰していく。Flashでは、不透明度と設定する「アルファ値」というのがあって、栄養(エネルギー)100%なら、不透明度も100%で、「粘菌」は黄色くなる。ルール(3)時間とともに、不透明度が低下し(つまり、透明度が増し)、消える。これで、栄養を運ぶ「粘菌」の「管」の太さをシミュレートできると考えた。ふたつの地点から出発した「粘菌」がつながるとき、ルール(1)によって、より、最短距離のルートを選択することになり、結果的に「粘菌が迷路を解く」ように、爺のFlashでも迷路を解くことができるのではないかと考えたのだ。

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「どあーっ!」「粘菌」が迷路の壁を乗り越え、暴走している。それだけでなく、どうやら、迷路の外へ脱走したようだ><; 爺の酔っ払った頭脳では「粘菌」をコントロールすることができず、「粘菌」システムは崩壊した;; たぶん、プログラマーなら、数分で解決できる問題だと思うが、爺は、散文的スクリプトを書いているので、まわりくどく、論理的でないため、なかなか言いたいことが伝わらない(よーするに、バグだらけということ)。結果的に言えることは、爺よりも「粘菌」たちのほうが、よっぽど賢いという、悲しい事実である><;

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 なんとか「粘菌」を手なずけようとしたが、なかなか、うまくいかない。とにもかくも、爺のFlash版「迷路を解く粘菌」の完成を待っていたのでは、いつまで経っても、記事を書けないので、「粘菌」に降参、完全にギブアップすることにした><;

「粘菌」たちが「迷路」から脱走したのは、絶えず、たばこの煙とアルコール臭い息を吹きかけられる、爺のモニターを嫌ってのことかもしれない(?)。中垣氏によると、現実の「粘菌」は、たばこの煙やアルコールの臭いが嫌いと言う。つまり、人間で言う「嗅覚」というか、分子レベルで漂う物質を識別できるということである。ちゃんと、たばこの煙やアルコールが、生きるためにはよくないことをわかっているのだ。この点でも、「わかっちゃいるけど、やめられない」爺は、「粘菌」にも劣ることが判明した。

「粘菌」たちの粘り強さ(?)、これを単純モデル化したのが、「粘菌ロボット」だ。ひとつひとつのロボットの機能としては、四方にアームを伸ばす機能と縮める機能(他のロボットとアームの先端についた磁石(?)で連結する機能を併せ持つ)、もうひとつは、ロボットの底面に自由に動けるキャスター(タイヤ)と、ストッパー(ブレーキ)を有する。ひとつひとつのロボットは、これらの機能をステップごとに繰り返すだけ。つまり、ブレーキを解除し、手を伸ばす。ブレーキを固定し、手を縮める。これらが、複数個集まると、ひとつの脈動するシステムが出来上がるが、それらの勝手な動きは相殺され、その場に留まるが、そのロボットたちに、インセンティブを与える。具体的には赤外線を当てるわけだが、受光した赤外線の強弱(距離)によって、個々のロボットは脈動する周期を変える。すると、ロボット全体としては、赤外線の光源(いわば、エサ)に向かって動くようになる。

 単純な動きしかできない個々のロボットは、いくらでも数を増やすことができる。でも実際に数多くのロボットを製作して実験をするのは大変なので、コンピュータ上でシミュレートする。1000体のロボットのシミュレーションをコンピュータ画面で見ると、全体がまるでスライムのように動く。途中に障害物があっても、それを避けたり、身をくねらせながら、すり抜けてしまうのだ。

 さらに、この「粘菌ロボット」がすごいのは、全体の半数のロボットが故障などによって動けなくなっても、全体としては、問題なく機能するということ。できる範囲でなんとかする生命のしぶとさみたいなものを感じる。

 さあ、あなたも「粘菌」について、もっと知りたくなったでしょ^^; 以下のサイトを訪れてみよう。

国立科学博物館 植物研究部
変形菌の世界

まずは「粘菌」とは、どういうものか。基礎的な知識を得るには、格好のサイト。また、「変形菌」の探し方から、標本採取の方法、標本の保存方法、変形菌の飼い方まで、至れり尽くせり^^;

不思議なアメーバ生物粘菌に学ぶ賢い計算法
~ネットワークの設計を例題として~

中垣俊之氏の研究内容が、とりあえず、ひと目でわかるダイジェスト記事。とくに、粘菌の作る、栄養素を運ぶ管のネットワークは、生命として常に最善の経路を選ぶことから、ネットワーク理論への展開が興味深い。

北海道大学 電子科学研究所
細胞機能素子分野のホームページ

中垣俊之氏が准教授を務める北海道大学の電子科学研究所細胞機能素子分野のホームページ。爺が「ほぉ!」と思ったのは、keywordとして「もやしもん」が記載されていること。漫画やアニメの「もやしもん」を通じて、「粘菌」に興味を持った人も多いのかなぁ……。

※参照:ガスコン研究所の過去記事
コマネチ大学数学科68講:時空図」で「もやしもん」に、ちょっぴり言及あり^^;

石黒研究室WEBサイト

「粘菌ロボット」を研究している、東北大学工学部の
石黒章夫教授のサイト。「粘菌」の生態システムを数理モデルとしてロボットに適用する試みは、なんか、爺をわくわくさせる。

立命館大学 生命科学部
システムバイオロジー研究室(長野研究室)

人間は60兆個ほどの細胞で作られているが、それらを調整し、生命としての営みを継続させるシステムバイオロジー(爺の註:ホロン的なシステム?)を研究。「粘菌」との関わりは、脳の起源に迫る研究対象として捉えたところ。あと、おもしろいのは、調整の要として、システムクロックに注目しているところ。

※参照:ガスコン研究所の過去記事
爆笑問題のニッポンの教養:上田泰己

 日本の「粘菌」研究の第一人者といったら、南方熊楠(みなかた・くまぐす:1867~1941年)だろう。長糸南方粘菌(ミナカテルラ・ロンギフィラ)と命名された粘菌もあるくらいだ。南方熊楠は、年号が明治に変わる少し前の和歌山県に生まれ、明治、大正、昭和を生き抜いた生物学者であり、民族学者だ。少年の頃から「和漢三才図絵」や中国の「本草綱目」などの書(現在の百科事典のようなもの)を筆写し、すぐれた記憶力で、神童と言われたそうな。19歳でアメリカに渡り、サーカス団とともにアメリカ各地を渡り歩いたり、その後、イギリスの大英博物館で執拗固守して学問を身につけた。19カ国語を操り、「ネイチャー」誌にも論文が掲載される。いっぽう南方熊楠は、自由奔放というか、奇妙奇天烈、豪快な面もあって、さまざまな逸話、伝説を残している。

南方熊楠
南方熊楠
-自然を愛した「人間博物館」

みやぞえ郁雄/画
千葉幹夫/作
小学館版学習まんが人物館

※いわゆる偉人伝記の漫画。熊楠の功績にスポットを当て、奇行の部分は、オブラートに包まれている。これなら、お子さんに読ませても大丈夫だ^^;

猫楠(NEKO-GUSU)
猫楠(NEKO-GUSU)
南方熊楠の生涯

水木しげる/著
角川ソフィア文庫

※こちらは、大人向けの熊楠伝^^; 大酒飲みで、サルマタもつけず、全裸で過ごすなど、熊楠の奇人変人ぶりが炸裂! 抱腹絶倒なエピソードの中にも、熊楠の思想、人物像が浮かび上がる。水木しげる氏が南方熊楠を「リテレート」というキーワードを用いたのに関して、巻末の「解題」で荒俣宏氏が「リテレート」というのは「<民間学者>を表し、<文士>を意味する。(中略)これぞ(本書に登場する)<脳力>と断じてよい。」という言葉に禿しく同意^^;

南方熊楠
南方熊楠
森羅万象を見つめた少年

飯倉照平/著
岩波ジュニア新書

※旧制中学時代、熊楠が筆写したものなど、豊富な図版も入っていて、先に挙げた2冊の異なった熊楠伝を、冷静に眺めることができる^^; でも、熊楠の人物像を理解してもらうため、本書から「羽山蕃次郎に宛てた「粘菌」の説明をした手紙の一部を引用させてもらう。
引用開始/*

「しかし、もっとも望ましきは、菌中もっとも上等のGasteromycetes腹子菌と申し、図のごとく(※爺註:図版が挿入されている)、達磨の頭上に鬼のあごを栽えつけたようなやつ、また犬のきんだまに胡麻をかけたようなやつ、(※爺、中略)形状一物に酷似する上、雁は赤くまた紫などに光り、臭き粘液をかぶれり」

*/引用終わり
思わず吹き出しつつも「犬のキンタマにゴマをかけたようなやつ、ってなんだよ」とツッコミを入れたくなるような、おちゃめな熊楠であった^^;

※以下に紹介する本は、ちょっと食指が動いたけれど、値段が高めなので購入を断念した本。動物とも植物とも判断できないような「粘菌」そのものも興味深いけれど、爺の興味は、研究者がどんな観点で「粘菌」を研究しているか、なんだよね。

粘菌―驚くべき生命力の謎
粘菌―驚くべき生命力の謎
(大型本)
松本 淳/著
伊沢 正名/写真
誠文堂新光社 (2007/04)
3,675円 (税込)

日本変形菌類図鑑
日本変形菌類図鑑
(単行本)
萩原 博光/著
山本 幸憲/著
伊沢 正名/著
平凡社 (1995/07)
3,873円 (税込)


“■粘菌が迷路を解く?” への2件の返信

  1. 2008年10月2日の夜、米ハーバード大学で第18回「イグ・ノーベル賞」授賞式が行われた。日本人では、昨年、「牛糞からバニラ香料成分の抽出」研究で山本麻由さんが受賞したが、今年は粘菌の研究で、中垣俊之(北海道大准教授)、小林亮(広島大教授)、石黒章夫(東北大教授)が「認知科学賞」を受賞した。
    「イグ・ノーベル賞」と聞くと、「笑える」こと、「バカバカしい」ことを「まじめ」に研究しているというイメージもあり、爺としては「コカ・コーラの避妊効果」の研究と同列に並べられるのは、ちょっと複雑な気持ちだけど^^; 「粘菌」の研究が注目され、評価されるのは、大切なことだと思う。
    ■CNN.co.jp/サイエンス
    http://www.cnn.co.jp/science/CNN200810030007.html

  2. こんばんわ。
    関西地方では、サンテレビ(神戸のTV局です)でも放送が始まりました。金曜23:00~です。これで、地デジで予約・録画ができるようになりました。(^^)
    「ねんきん」と入れると、なかなか変換が出てきませんよね。舛添さんが出てくるようで。
    将来的には、カーナビとかのルート検索に応用するといった「粘菌コンピュータ」の構想もあるようですね。
    「年金」も「粘菌コンピュータ」で処理すれば、もっときっちり管理されるとか?(@@)(変に知恵のある役人に任せるよりもマシかと。。。)

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