■書籍:生き抜くための数学入門

生き抜くための数学入門
生き抜くための数学入門 (よりみちパン!セ 23)
著者/新井紀子
発行/理論社YA新書
価格/1400円+(税)
ISBN978-4-652-07823-5

 「生き抜くための数学入門」(新井紀子/著)は、こんな問題から始まる。

 問1:円周率とは何んでしょうか? まずは「円周率とは……です」という定義を書いてください。そして、その定義にもとづいて円周率が「3」から始まる理由を論理的に説明してみましょう。

 続く問題は、「上記の問題の正解率が1割に満たなかったグループは次のうちどれか? 1:中学1年生、2:高校1年生、3:大学1年生、4:霞が関の官僚、5:新聞社の記者」というもの。本書によると、正解は「すべて」。どれくらいの人数に出題したのか明らかではないけれど、珍答がいくつか紹介されている。「円周率とは、円周や円の面積を求めるときに使うもの」や「円周率とは3.14の近似値」、「直径1センチの円の周を実際に測るとそうなるから」、「自分は文系で、そういうことは習っていません」などなど。

 あなたは、ちゃんと答えることができたかな。「円周率とは、円周と直径の比を表す値」だね。円周率が「3」から始まる理由は、直径「1」の単位円に内接する正六角形を描くと辺の長さの合計が「3」になる。これで円周率が「3」より大きいことの証明にはなる。でも、これでは不十分。同時に「4」より小さいことも明らかにしなければならない。円に外接する正方形を描けば、辺の長さの合計は「4」になる。ちなみに「単位円」とは、単位を持たない円のこと。数学では、よく使われる。単位は「1センチメートル」でも「1メートル」としてもいいし、「1インチ」と考えてもよい^^;

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 小学校の算数や、中学で習う数学でも、「正方形とは何?」とか、「なぜ、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるの?」と聞かれると、うろたえちゃうことがあるよね。

 「日本人は、どうも『とは』と『なぜ』の力を、学校でも社会でもちゃんときたえていないらしい」と新井紀子センセは言う。つまり、冒頭の問題に答えられない人が悪いのではなく、「とは」と「なぜ」の力を養うような教育を学校がしてないじゃないかと……。

 「生き抜くための数学入門 」は、自ら「数学嫌いだった」と言う数学者、新井紀子センセが、そもそもの「とは」と「なぜ」を教えてくれる本。

 高校の数学で最初に「三角関数」でつまずく人が多い。では、新井紀子センセに「三角関数とは」を説明してもらおう。

 半径「1」の丸い池があるとする。上の図は、池の中心をX,Y座標(0,0)として描いたもの。出発点は(1,0)とし、反時計まわりにカメは、池のまわりを一周する。

 三角関数とは「カメが池のまわりを進んだとき、どこにいるのか、その位置を表す関数」ということになる(※註:本書ではアリで説明している)。

 池の円周は「2πr」。半径(r)=1なので、一周すると「2π」だけ進む。半周なら「π」だ。高校の数学では「sin90°」のように、角度の度数(degrees)で表すことが多いのだけれど、孤度(radians)で表すと、カメの進んだ距離で、そのときのカメの位置(X,Y座標)を表すことができるわけ。こっちのほうが、断然わかりやすい。「エクセル」でも、三角関数の引数には、ラジアン値を指定する。

 高校数学の教科書の終わりのほうに、平方根と並んで、度数法による三角関数の一覧表が載っていたと思う。で、平方根は「ひとよひとよに…」とか、「ふじさんろくに…」と暗記していたけれど、平方根の求め方「開平」を習った覚えがない。それと同じく、三角関数の求め方も習った記憶がないのだ。

 たとえば「√7÷√13=」や「sin(1.52)=」のような問題を、電卓やエクセルを使わないで、計算できるだろうか。時間や計算用紙はたっぷりあるとしても、多くの人は計算できないはず。それは計算方法を習っていないから。電卓やエクセルがこのような計算を瞬時に行うことができるのは、平方根の表や、三角関数の一覧表を暗記しているからではなく、計算方法を知っている(プログラミングされている)からだ。

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 上の図は「エクセル」で「y=sin(x)」と「y=x」のグラフを描いたもの。当然だが、ふたつのグラフは別のもので、ちっとも似ていない。

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 「y=x」のグラフを「y=x-(x^3/6)」に変更すると、ふたつのグラフは似通ってくる。途中までは重なっているように見える。ただし、途中から「y=sin(x)」より、「y=x-x^3/6」のほうが下になる。そこで、さらに「y=x-(x^3/6)」に「(x^5/120)」を加えてみる。

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 まだ、微妙にズレているけれど、ふたつのグラフは、だいぶ重なった。必要ならば、もっと、もっと近づけることが可能だ。なぜなら、コンピュータは「y=sin(x)」をこんな風に計算しているからだ。

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 タネ明かしは「テイラー展開」。つまり、電卓やエクセルは、「y=sin(x)」を、掛け算、足し算、引き算の計算式にして計算しているわけ。ブルック・テイラー(1685~1731)は、イギリスの数学者だけれど、どうやって計算したらいいのか、わからない関数を、足し算や掛け算だけで計算できる画期的な方法を発見したんだね。冒頭に紹介した「円周率」の問題だけど、紀元前、古代ギリシャの数学者、アルキメデスは円に内外接する多角形で挟み込む方法で計算した。「テイラー展開」を用いると、円周率もたったひとつの計算式で表すことができる。

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≪参考≫
■Wikipedia「テイラー展開
■このブログの過去記事「ルドルフ数(円周率)

 だいぶ「生き抜くための数学入門」のネタばらしをしてしまい申し訳ないが、新井紀子センセは、数学落ちこぼれの爺にもわかるように、やさしい言葉で説明してくれる。私と同じように、どこか数学に自信がないという人にはオススメの一冊だ。

 ついでと言ってはなんだけど、「有理数とは?」「無理数とは?」の問いに自信を持って答えられない人(それは私だ><;)は、下記の新井紀子センセの本「こんどこそ!わかる数学」も併せて読んでみるとよいかも^^;
ひとつだけ、問題を紹介させていただく。
/*引用
以下のうち、正しいものはどれか?(複数選択可)
1:無理数と無理数をたすと、必ず無理数になる。
2:無理数と有理数をたすと、必ず無理数になる。
3:無理数と無理数をかけると、必ず無理数になる。
4:有理数と無理数をかけると、必ず無理数になる。
5:無理数の無理数乗が有理数になることがある。
*/引用終わり

Arai02
こんどこそ!わかる数学 (岩波科学ライブラリー 128)
著者/新井紀子
発行/岩波書店
価格/1200円+(税)
ISBN978-4-00-007468-1