■書籍:生物と無生物のあいだ

  「生命とは何か」この根源的な問いに、著者は「絵柄のないジグソーパズル」というアナロジーで答える。


 このジグソーパズルは、絶えずどこかのピースが抜け落ちてしまう。ひとつのピースが抜け落ちたとき、そのピースの形状は、そのピースを囲む8つの断片(ピース)の凹凸によって、抜け落ちたピースを特定することができる。これを「相補性」と呼ぶ。

 こうしている間にも、私の身体のどこかの細胞は死んでいる。しかし「相補性」によって、自己複製し、収まるところに収まる。私の60兆個ほどの細胞や、二万数千種類の蛋白質は、こうして死んでは生まれ、わずか数年ですべてが入れ替わってしまう。生物はこのダイナミックな流れの中で、エントロピーに抗し、「動的な平衡」を保っていられる。私は私のままでいられるのだ。

※「ジグソーパズル」はひとつのアナロジーであり、生物のジグソーパズルには、角もなければ辺もない。トポロジー(位相幾何学)的な立体ジグソーパズルをイメージしなければならない。

「生命」の定義を考えると、私を含め、多くの人は、まず「自己複製を行うシステム」と答えるのではないかと思う。ウイルスは自己複製を行うが、単細胞生物よりもはるかに小さく、一切の代謝を行わない。ウイルスは栄養を摂取することもなく、排泄もしない。呼吸もしないし、二酸化炭素も出さない。幾何学的な形状をしており、特殊な条件で精製、濃縮すると「結晶化」するという。ウイルスが生物か無生物かという論争は、いまだ決着を見ていないらしい。しかし、著者は「ウイルスを生物とは定義しない」という立場をとる。つまり、生物にとって「自己複製」は必要条件であるけれども「十分条件」ではないと結論づけたわけだ。

 では、あらためて問う「生物とは何か」。本書の帯にあるとおり「読み始めたら止まらない極上の科学ミステリー」の世界へ引きずり込まれる。本書では、DNAの二重らせん構造の解明にまつわるエピソード、原子はなぜ小さいか? 生物がエントロピー第2法則に抗して秩序を保ち続けるわけ、細胞生物学とトポロジー、ノックアウト実験とそこから見えるもの、決して解くことのできない折り紙、生物の不可逆性……次から次へと謎が提示され、それらを解き明かしていく。

 生物学のミステリーにも心奪われるが、本書が人々を惹きつける引力の核となるのは、生物学に身を投じた人たち、研究者たちの物語だ。「研究者っていいよなぁ。自分の好きなことをしてお金をもらえるんだから」と能天気に考えている輩は、本書を読んで現実の重さに打ちひしがれるがよい(それは私だ^^;)。門外漢の私なんぞが決して体験することのできない物語を、著者の足跡を追いながら追体験していくことになる。

 本書の読後感は清々しい。それは、筆者、福岡氏が生物と真摯に向かい合う、研究者としてスタンスもさることながら、物語を紡ぐ言葉があたたかく優しい人柄に包まれているからだろう。

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生物と無生物のあいだ
著者:福岡伸一

講談社現代新書
定価:740円(税別)
ISBN978-4-06-149891-4